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薬丸裕英、父の先祖は肝付氏の家臣、母の遠縁は塚地武雅【ファミリーヒストリー】

薬丸家

肝付家の家臣

薬丸新右衛門組の本覚坊(※坊=山伏)薬丸狐雲、弾正の親子は肝付氏に仕えた武将

肝付は代々名前に「兼」がつく

※故・肝付兼太さんをおもいだす。鹿児島県指宿郡喜入村出身。2016年死去
肝付兼太 - Wikipedia

桜田門外の変生麦事件。秘伝の剣術は東郷平八郎も晩年まで続けていた

祖父・正徳

林業を営んでいたが大正噴火に遭い神戸で電気工事の仕事に就く。やがて姉・サユを頼って東京へ。恵比寿で電器店を立ち上げた。照美電機商店(ラジオの修理・販売。やがて電気工事を請け負うように)※ヤッくんは知らずに通っていた

太平洋戦争後、鹿児島県大崎町へ帰る。小さな畑を借りて食いつなぐ。終戦後、電気関連の仕事を再開。59歳で脳溢血のため死去。

父・正英

裕英(ヤッくんの父)昭和15年誕生。家では大人しかったが学校では「ぼっけもん」←大胆、暴れん坊。梅の木に石を投げたり枝を切ったりきゅうりもいで塩つけて食ったり。ケンカばっかりで目立ちたがり屋。歌はうまかった。父の死後、串良商業高校へ。農作業を手伝う。卒業後は兄の経営する麻布の自動車工業へ。胆嚢炎を発症し、大崎町に帰る。バスにたまたま乗り合わせた曾木良子さんと結婚。

平成19年、67歳の時脳出血で倒れる。81歳で死去。