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徹子の部屋 樋口恵子 昭和7年生まれ88歳 濡れ落葉 ヨタヘロ期 クラス会じまい 

濡れ落葉

89年流行語

徹子 平成元年新語・流行語大賞(濡れ落葉)お作りになったりしたんですけど、定年夫
樋口 はい、払っても払ってもベターっとくっついてくる(笑)でもね、これわたくし作ったんじゃないんです。結局あちこち回ってますからアンテナはいいんですね。本当に定年後の夫を持つ鎌倉の主婦だったと思うんですけど「はらってもはらってもついてくるんですよ~。濡れた落ち葉でございます」
徹子「た」を抜いたのが
樋口 濡れ落葉

※濡れ落葉は表現賞。新語部門金賞「セクシャルハラスメント」流行語部門金賞「オバタリアン
新語・流行語大賞 - Wikipedia

徹子 はらってもはらっても
樋口 でもね、男のかたも変わりましたよ。私が作りました俳句、じゃない、川柳ですか「濡れ落葉 乾いて自力で 燃え上がれ」男のかた、この頃そういうふうに変わってきてます。
徹子 燃え上がってます?
樋口 はい

東大卒業後、結婚

夫が亡くなる

徹子 その他にも信号を発信してらっしゃいますが、あとでお話いただくとして。東京大学をお出になる、7代目の女子学生だったそうでして。まだ女性が入って間もない。(25歳で結婚)ご主人様は何を
樋口 企業のエンジニアをしておりました。理工系の
徹子 お嬢さんがお生まれになって
樋口 共働き時代ですね。結婚7年目で急にいなくなって
徹子 7年目で亡くなるという
樋口 やっぱり一生の中で何が悲しかったかって言われたら、死ぬまで...その後再婚もしましたし、その夫を見送りもしましたし。悲しい、辛いこといっぱいあったと思いますよ。やっぱり生涯の途中で、一番辛い出来事でした

こぶとりばあさん

徹子 それから「高齢社会をよくする女性の会」をお作りになって。お元気なんですけどびっくりしたのは、77歳で大病なさったんですって。今お元気だからいいんですけど
樋口 大動脈瘤と言いまして。下手をすると命に関わる病気。瘤ができて。4個あったうち3個切り取りまして
徹子 え?4個もあったんですか
樋口 一箇所は場所が悪くて。一生のうち一番悲しかったのは先の夫が死んだとき。一番苦しくて文字通り泣いちゃったのはこの時です。痛かったですね~。でも悪いことばっかりじゃなくて。その頃太ってたんですよ。今も太っとるんですけど。でもそれで5キロぐらい痩せて、ずっと膝が楽になって。これがほんとのこぶとりばあさん(笑)その後はこの体型を維持しております

徹子 その後、これがあたし気の毒だと思ったの。2回も転倒なすって。お転びになった
樋口 男の人と違うところは骨が弱いというか、骨折転倒骨粗鬆症。女性が要介護になる非常に多い理由で、ほんのちょっとしたところで転びます。おととしなどは、月に二回も転びました。過信ですね。大きな荷物を両手に持ってまして、玄関を上がるとき、くつをもじょもじょもじょって脱いで、上がろうとしたら片方の靴は脱げてたんですけど、片方は脱げてなくて。顔面でなく後頭部強打
徹子 あっらお気の毒

ヨタヘロ期

クラス会じまい

樋口(ピンピンコロリの)ピンピン。これいいですね。すたすた。そのあと必ず「ヨロヨロヘロヘロ」ヨタヨタでもいいですけど。そしてしばらく経ってドタリ、寝たきり。往生
徹子 随分長いですね
樋口 それを実感しておりますよあたし
徹子 ここにいらしたご専門の方が「あなた死ぬってことどう思ってらっしゃいますか?」て。「あたし歩いてていきなり死んだら誰かが何とかしてくれる」「あなた何年か寝込むんでしょ」

樋口 意外に見えてないんですね、いま「クラス会じまい」て言葉が
徹子 そんなことがあるんですか
樋口 これもあたくしがつくったんじゃなくて誰かが言い出して「我々クラス会じまいの適齢期」ヨタヨタヘロヘロ。思い切って「ヨタヘロ期」て言葉を使ってみたんですね、今度書きました本に。きっとみなさまから不真面目だとか、深刻な問題を軽んじるだとか、お叱りがわんわん来ると思ってたんです。これが意外にみんなに受けてるんです。半ば自嘲的にユーモアを込めて言わなきゃ辛くて言えませんってこれ。

老~い、どん! あなたにも「ヨタヘロ期」がやってくる

老~い、どん! あなたにも「ヨタヘロ期」がやってくる

  • 作者:樋口 恵子
  • 発売日: 2019/12/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

調理定年

84歳で栄養失調

樋口 低栄養と申しましょうか。毎朝起きる時からこんなはずじゃなかったですよ。70代の頃は仰向いて寝てますけど、じわじわじわっとお腹がすいてるよってサインがくるんです。意外と仕事持ってた割には料理だけは好きで。こまめにやって幸せだったと思いますけど。それは上手だからするのだと思ってたけど、そうではないんですね。空腹が起こさせるんです。「さあ起きて作って食べさせろ」と。ところが80を超えると目が覚めても重ったる~いだけなんです。作る気にならない。ヨタヘロなんです。調理定年と申しましょうか。同級生の私とはまるで違う、良妻賢母の権化のような、料理の先生になったって務まったっていうような方が年賀状で「あんなに好きだったお料理が億劫になりました。どういうわけでしょうか」書いてくださる方が一人ふたりいらっしゃいまして。あの方が嫌になるのならこっちが嫌になるのも当たり前だと思いまして。身をゆだねていたら、8時9時になって、空腹は若干感じるんですけれど、これから作るかと思うと、もうひとつの声が言うんです「パンかじって牛乳飲んで寝ちゃえ」80代の胃袋はそれで満足。朝はいい加減、昼は外に出て夜はパンと牛乳。中流家庭は必ずなにか食べ物があるんですね。つい億劫だ、しんどい、楽したいに負けて。それを続けると本当にヨタヘロになります

徹子 提案で「ヨタヘロ期はご飯友達を作って乗り切ろう」
樋口 大事じゃないでしょうか。大先生の実験結果で、家族に疎外されて一人でご飯食べてる方と、一緒に食べてる方では死亡率が1.5とかなんとか。数値はよく覚えてませんけど
徹子 わいわいのほうがいい
樋口 仮に知ってる人じゃなくても、食堂で同じ場所で食べるだけでも、そこから放出される生きるエネルギーを受け止めながら。できるだけ食事を一緒にできる

徹子 その時にヘルプミーと言おうと
樋口 若い後輩に叱られてるんです。自分が元気のいい時から弱者という名の老いを受け入れることはなかなか難しい。哀れっぽく見せようとは思いませんけど、困ることは困る、自分の世界を抱え込まないでお見せしてる

※まあ今は誰かと外食が難しい。まったくできないこたないけど(←2020.5.7現在

ほかに「食、触、職」いくつになっても社会から手が切れない。昔からの連続性と社会性。黒柳さんは百年丸の船長。(昭和8年生まれ、1歳違い)