佐和子:いつも何か企んでいる・・
糸井:企んでないですよ。退屈するのがいやなんです。
「おいしい生活」は30歳の時。
その前に作詞した「TOKIO」が、街で流れてるのを聞いて
「うわ~俺は変なところに来ちゃったなぁ」嬉しい恥ずかしいみたいな。
その時と、矢沢永吉さんの「成り上がり」が同じ時期で。
意識的に自分で「コピーライター」って言ってきた。
誰かが広告に字を書かなきゃ、コピーライターはないんで。
タレントさんが写ってたら、タレントさんの言葉に見えるじゃないですか。
でも誰かが作ってるわけで。
そこが面白いと思って仕事してきた。
「おいしい生活」ができるまで。
佐和子:本のタイトルをつけるときに、いつも「おいしい生活」を思い出してしまって。
糸井:「そして神戸」じゃないんですか(笑)
「そして神戸」でしょ。「そして神戸」はすごいですよ(笑)
「おいしい生活」は、そんな、不思議はなくて。
考え抜いたものってのは、みな、同じものです。
佐和子:じゃ、あれがダメだこれがダメだって始終取っ替えてるのは・・
糸井:ダメ。
佐和子:「ポッ」みたいな。
糸井:誰でもできる、企画書の最後にあるマスが埋まってないんですよ。
最後のマスを埋めるのか埋められないのかってのは
企画書を書き直すぐらいインパクトがないと面白くないんですよ。
作るときのきっかけは、逆に言うと
「急に夜中に焼きそばが食べたい」ってのと同じで。
あれ、説明できないじゃないですか。
佐和子:「夜中の焼きそば」ですね。
糸井:ずっと、スコットランドロケしてて
あまりにも、景色と食べ物が通り一遍で美味しくなくて。
飽きたんですよ。
で、先にロケから帰ってきて、飛行機の中でご飯出されたんですけど
「おいしいなああっ!!」って。
おれは、こういう生活がしたかったんだ。
で「おいしい生活」って書いたの。
さっきの焼きそばと同じですよ。俺は何が欲しかったのかというと。
「おいしい生活」だったんだ、と。
いいとか悪いとかではなくて、
できたものを、頭の中の掲示板にずっと貼っておくんですよ。
頭の中に人通りができて「いいね」「悪いね」って言ってるんですよ。
ベチャベチャ、ベチャベチャ。
そういう、人の意見をひととおり聞き終わったら
それを元に企画どうやって膨らませるかを考えたり。
ウッディ・アレンを連れてきたり
当時は堤清二さんですから
「堤清二さんのおいしい関係」週刊誌に書かれますよ、とかそういうのもちゃんと言って
「おいしい生活」が作れたわけですよ。
佐和子:「ひらめき」の次は「フォロー」
記憶の中で今もきらめく曲
抱きしめたい/ビートルズ
初めて聴いたのは中3。ものすごくうるさいんです。
ドラムもベースも、全部「俺がいるよ」
ちっちゃいレコードプレーヤーで聴くと、シンバルが鳴りすぎちゃう。
全部がいっぺんに表現してる。
子供って多少いい子ちゃんな部分があるから
「これを大音量で聞いてはいけないんじゃないか」
「これをいい音で聴いたら、快感に向かって突き進んで悦に入ってる
不良化した学生」と思われちゃう。そこじゃない俺は、っていう。
ただ聞いてると思われたくて、音量絞った思い出がある。
そんなものがあっていいんだっていう、ものすごい憧れて。
会社員になりたくなかった
普通に勤められないなあ、って思ってた。
小学校の時に「会社員になって勤める」っていうと
怒られるんだろうなって思って泣いたことがあるんです。布団の中で。
「学校でだってこんなに怒られるんだから、会社行ったらもっと怒られる」
想像したら悲しくなって。
おねしょだってしてたし。5年生ぐらいまで。
・・やっと言えるようになりました(笑)
快感ですよね。
「あ~これは違うかもしんねえなあ~」(爆笑)
自由業になりたかった。
二日酔いなら二日酔いなりの、その日を過ごす。
会社員はそれができないだろうなってのが辛い。
なんか抑えられるのが・・
人間の脳みそで一番疲れるのって
「対人関係」なんですよね。
どんだけ複雑なことしてるか。
アジアの方からホステスで日本に来る人っているじゃないですか?
ああいうひと、対人関係の能力がものすごく高いですよね。
あれと
「ものすごくいっぱい勉強したエリートです」って人は
どっちが頭がいいかなんて
比べる方法ないじゃない?
でも、酒呑みながら、ちゃんと儲けなきゃなって考えながらやってて
日本語覚えててやってる人と違うんですよ。
圧倒的に対人関係に有利なわけですね。
それを生かす方法が、今までないわけなんですよ。
コピーライターになった理由
そういうの得意だなって思った。
大学入って同級生の女の子と知り合って
ひさしぶりにあったときに「あたしこういうことしてるの」って。
卒業してから。
おれプータローの時があって
「それは俺の方が得意だぞ」
やったことないけど、俺の方が得意だとわかるんですよ。
井上陽水が「俺の方が声がいい」って言ってましたから(笑)
別に日本一になろうと思ってませんでしたから。
「コピーライター養成講座」ここが一番楽だな、お金もいらなそうだし。
やってみたら、すぐにはダメでした。あまりにも知識がなくて。
知識で、ちょっとした差がつくんですね。全然ダメでしたね。
何回かコンテストみたいのがあって
あれ、こういうことかなって思ったら、急に褒められ始めて。
林真理子
佐和子:林さんも、ある時期コピーライターをやってらしたんですね。
糸井さんが林さんに
「君はコピーより、もっと長いのを書け、そのほうが合ってると思う」
それでエッセイストになった。
糸井:本当は、コピーライターとして才能がないと思った。
ただ読者応募のエッセイみたいなの、ものすごくうまいんですよ。
「アタシを捨てたオトコ」みたいなの書くの。
僕はそっちを読んでなかった。気持ち悪いから。
だけど、ちょっと読んだらものすごくうまい。
いい言い方をすれば「人間が描けてる」んですよ。
だから「俺は向いてないと思う」って言ったんです。
でも中間的な仕事はあるんですね。
たとえば、PR誌のエッセイ。そのあたりに仕事場があったんですよ。
編集者が立派だった。
コピーライターとしても、あるところまではできる。
そんな簡単にAだBだ、上手い下手が言えるもんじゃなく
時期とか状況が揃わないと出来ない。
佐和子:林さんが糸井さんから
「一つの塊を、削いで削いでものすごく短い言葉にするのと
ギューッと引き伸ばして長い言葉にする。人間には二通りあって、その違いを見抜かれた」
糸井:ああ、その傾向はあるかもしれないけど、削いでるつもりはない。
いっぺんに短い言葉で言ってるだけ。
林さんは蔵の中で、ひとりで自分に向かって物語をしゃべる、そういうひと。
あれ、きっとデタラメうまいぞ。そらすごいと思う。
子供がちっちゃい時には寝るときに物語を聞かせてましたよ。
でも僕は、終わらせたいって意思が満々で(笑)
広げたいって言うより機能に行っちゃうんだよねえ。
子供は喜んでくれればいいわけで、なんかいいオチないかなと。
- 作者: 早野龍五,糸井重里
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40代に伝えたいこと
実際に社会の仕組みとして、個人の才能をブンブン振り回せるのは
30代で出来てるんですよ。
この人いいな、すごいなって、30代になったらバットを振り回せるんですよ。
横山やすしさんが久米宏さんとニュース番組やってたの、38の時ですからね。
酒飲んでべろんべろんに酔っ払って。好き放題やってる
会社でも「若い社長で抜擢されました」ってのは
その年ぐらいでできちゃうんですよ。
佐和子:つまり、自分が栄養いっぱい蓄えて、
面白い、やれるってのは30代でできる。
でもある時ふっと外を見たら・・
糸井:全然俺のこと知らないってなるんですよ。あれ?って。
大きい小さいは別として、結局お山の大将
ほかのお山だらけだってことに気づく。
僕にもその経験がある。自由にできてるって。
辛いのは辛いけど好きでやってるし。
佐和子:どこで気づいたんですか?
糸井:広告、タレントさんでもそうだけど、事務所の代表の人が
「お前がなんぼのもんか知らないけど、うちのこの大事なタレントは出せるもんか」って
説教みたいな感じになって。こういうことやりたいって言っても聞いてくれない。
もっといっぱいお金使ってやりましょうよって言っても「やれるのかね」って。
通用しないってことについての研究が始まる。
そういう時に釣りを始めたんです。
100人中80位ぐらいとか。でもその80番はものすごく面白い。
勉強し直してた。
いちから、誰でもない誰かさんになれる。
感性は鈍ってますよ。ゾクゾクワクワクしてない。
感性は性欲に比例する。
ないことないですよ。
そんなコントロールできる性欲ってダメですよね。
俺どうしてここにいるんだろう??みたいな(爆笑)
元気を与える曲
スチャダラパー 「彼方からの手紙」
スチャダラパー : 彼方からの手紙 - YouTube
本館に書くとすごい長くなるのでここで。
ここでも4500字を超えちゃった。
昔通信教育でコピーライター講座ってのがあったが
なんかボられた感がするなあ。あっ、イトイさんのじゃないです。
萬流コピー塾、博多でやった時は行きたかった。行けなかった。
後日テレカが送られてきたっけ。