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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

【メモ】【Eテレ】ニッポン戦後サブカルチャー史 80年代広告 川崎徹 糸井重里 

賢人の手帳術

賢人の手帳術

80年代名作コピー

楽しいロンドン 愉快なロンドン

おしりだって、洗ってほしい。by仲畑貴志

私はコレで会社をやめました(85年流行語大賞
※動画は「正月」バージョン。

まさかEテレが(過去のものとはいえ)CM垂れ流すとは。
ダメダメ何回見ても笑ってしまう。

恋を何年、休んでますか。作・眞木準
※ドラマではない。もともとは百貨店のコピー。
ランボオ、あんな男、ちょっといない。

1983 サントリー ローヤル - YouTube

川崎徹

ハエハエカカカ

僕がやってたことって、無駄だったと思う。
無駄を考えるって難しいんですよ。どうしても情報が有効なものになっていく。
一生懸命考えていくと。
だからそこを、ちょっとわかりにくいけど”抜く”。
抜けたって感じはわかる。そうすると成功する。
抜く=無価値になる
広告の中で許されたってことが奇跡的かもしれないですね。
広告ってやっぱ効率を求められるんですよ。
できるだけ効率よく自分たちのメッセージを伝えたいって思うあまり、
自分達の言いたいことだけ言って惨敗するっての、今でも広告の80%がそうだと思う。
1回そこから離れて、広告とは一見無関係な価値観を商品につけることでアピールしていく。

会話のつづき ロックンローラーへの弔辞

会話のつづき ロックンローラーへの弔辞

糸井重里

若者たちの神々―筑紫哲也対論集 (Part1)

若者たちの神々―筑紫哲也対論集 (Part1)

筑紫:根源的でダサい質問だけど、コピーは思想を語れるんですか。
糸井:いや~、それは逆に質問しますと、思想を持っていないものが世の中に何かありますか。
   思想を語ってないものはないです。灰皿一つにしても・・(略)
   今まではいわゆる思想しか思想じゃなかったんだけど、それ以外のものも全部思想だと分かって
   ようやく自由に語れるようになったんですよ。
 

おいしい生活 とは。

モノがひとつあることによって、自分の生活が変わる。

レコードプレーヤーだっていいんです。
一つあることで豊かになる。それが「おいしい生活」(宮沢章夫

あれ、言葉自体にアナーキーなところがあるでしょ。
おいしい生活」なんてホントはないんですよね。
シアワセの青い鳥にすぎない。
ただ、言ってみればそっちの方向に向かっている状態を指してる、みたいなことなのね。
デパートにはいいものも変なものもある。
そのへんなものも人によってはいいものかもしれない。
その矛盾を露呈させたいのね。「広告批評別冊 糸井重里全仕事」より。

椎名誠の昭和軽薄体、嵐山光三郎のABC文体


NHK 天野祐吉さん 時代に野次を飛ばし続けて。(抜粋) - 別館.net.amigo

新宿から原宿へ 文化大移動

文化服装学院 主な出身者

コシノヒロココシノジュンコ高田賢三、田山淳朗、山本耀司など。

桑沢デザイン研究所 主な出身者

浅葉克己安斎肇、内田繁、藤原カムイ五味太郎など。

原宿セントラルアパート

徹子の部屋 浅井慎平: .net.amigo

ピテカントロプス・エレクトス(1982~84)

日本初のクラブと言われた。
ジョンライドン、キースヘリングなど海外からも訪れた。

コピーライターが出発点。

開高健


BSドラマ・全身編集長 : 週刊プレイボーイ 島地勝彦。今東光の「極道辻説法」 - 別館.net.amigo

山口瞳

酒呑みの自己弁護

酒呑みの自己弁護

伝説のメディア「カセットブック」

ミック・イタヤ
自分たちのメディアが欲しかった。
才能のある仲間がたくさんいるんだけれども、発表の場が欲しかった。
身の回りに奇抜な人が多かったんですよ。格好も。
表現することもとっても面白いし。パッと見でわかる個性があって。
個性的なものを扱っていく、自分の中で表現していく。
そういうことを素直にしようとした結果。
素直じゃなかったんだけどね。ちょっとシニカルな。

マニア・マニエラ

マニア・マニエラ

※まだ売られてるのか。ラジカセないから再生できへん。
未開封のものを開けて再生する場面はドキドキした。

岡崎京子

あの頃は「常に新しい動きが出てくる反面、一年経ったらそれは消えてる」っていう感じだったでしょ。
いわば文化の最終消費に向かって暴走する興奮。
新しいものが次々に終わっていくことへの 
切ない感覚と背中合わせになった 無根拠な興奮。
東京ガールズブラボー」巻末対談 浅田彰×岡崎京子

おまけ
ちなみに、番組冒頭流れた曲。

斉藤由貴 コンサート1990 夢の中へ - YouTube

ついでに恥ずかしい過去を振り返る

大きな声では言えないが
10代後半から20代にかけて、コピーライターになりたかった。

30年前の高2コース、藤島淳氏のコピー講座で掲載されたのが
そもそもの勘違いの始まり。
キユーピーのアメリカンな広告は秋山晶氏が手がけ
元気が出るテレビには川崎徹氏が出て
卒業後は萬流コピー塾にハマり(これも1度だけ掲載されてテレカをもらった)
通信教育でコピーライティングの講座をちょっとかじり
今振り返ると大変無謀なのだが、広告会社に売り込みに行き、当然のようにフラれた。
86年版のコピー年鑑がまだ実家にあるはず。百科事典サイズのアレ。
若いって無謀。バブルのせい。

コピー年鑑〈1986年〉

コピー年鑑〈1986年〉

あの時があるから今がある。
みなさん、来週は90年代ですよ。エヴァンゲリオンだよ全員集合。

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