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人生案内メモ、文字起こし、感想。

ラジオが泣いた・井上雪彦さんの1周忌

今日は山口ローカルの話。(なぜか肝心の最後の部分が切れているのに、今気がついたので、文章を補足しました。12日夕方)

KRYラジオのリスナー、テレビを見ている人は、この日を忘れないと思う。

早いもので、雪彦さんが亡くなってから1年過ぎた。

亡くなったのは2006年8月12日午前8時40分だが、公表されたのは翌々日だった。自分はその日に限って「熱血テレビ」を見ていなかったのだが、17時50分くらいに実家の母が電話をしてきてその死を初めて知ったのだ。

「あんたっ!雪彦さんが死んだんよ!」「うそじゃろ」「ホントっちゃ。今みんな黒い服着て出とったもん。原田大二郎までわざわざ来ちょるんやけ。」「でも金曜日にさいころ振りよったろ~がね」(クイズコーナーでサイコロ使用)「あたしゃ胸が痛いよ。今から筆で山口放送に手紙書くけん。じゃあね」

どうも方言というのは、それも山口弁は切迫さに欠けるが、以上のような会話の後には放送は済んでいたので、あわててラジオの「ニュースウェーブ6」をつけたら、高橋良(まこと)アナが登場した。そしてラストのニュースが雪彦さん死去だった。声が震えていた。事実のようだが認めたくないのでテレビの「プラス1やまぐち」をつけたら、向田アナも中谷アナも同じような状態で訃報を伝えたので、もう信じるしかなかった。

その1週間のラジオはほとんどまるごと追悼だった。この中で強く印象に残ったのは、8月16日放送「ラヂオな時間」中の1曲である。

誰かが、山口百恵の「さよならの向こう側」をリクエストしたのだ。実はその曲がかかる寸前まで泣くまいと決めていたが、流れている間中涙が止まらなくなったのだ。あれはもともと百恵ちゃん引退に寄せて書かれた詞なのに、亡くなった人を送る詞としてこんなにもぴったりな作品だとは思わなかった。

何億光年 輝く星にも寿命があると 教えてくれたのはあなたでした・・出だしから胸が詰まる思いだが、更に

thank you for your kindness

thank you for tennderness

thank you, for your smile

thank you for your love

thank you for your everything  ・・・さよならのかわりに

で締めくくるのが、もう感情が高ぶってしまう。

子供のころから母と「スィングサタデーねぎっていこう!」を聴いていた。昭和49年スタートで、亡くなった当日は録音が流されていた。自分はそれのクイズコーナーに1度電話で出たことがある。確かトム・クルーズアイズ・ワイド・シャット」の話題で盛り上がったのを覚えている。ちょうどはじめての子育てで苛立っていたが、その時は運良く坊主が昼寝をしていたのだ。「子機は時々充電台からはずすと調子ええんですよ」といつもの山口弁で締めくくった。

秋祭りには2度行った。写真も撮った。温厚な人だった。

祖母が亡くなった時には小さな花がゆっくり枯れていくような感じがしたが、雪彦さんの時は大輪のひまわりが突風で突然散ってしまったようだった。それくらいいつも元気なイメージなのだ。ただ亡くなる何カ月か前にテレビで「実は狭心症気味で」とコメントされていたのを、ずっと覚えていた。

でも今日もいつものようにKRYラジオを聴いている。

 

 

 

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