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【ファミリーヒストリー大久保佳代子】三河万歳 祖父・川口九一と三竹仙助

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母方・川口家

曾祖父・幾平

大正期、サツマイモのでんぷんで水あめができることに目をつけ、工場を作った。でんぷん製造が盛んになるのは、昭和18年の食糧難の頃。

祖父・九一と三河万歳

イギリスのメリヤス工場の仕事をしていた。トキと結婚し、昭和19年、四女秀子(佳代子の母)誕生。

翌年、度重なる空襲でメリヤス工場が焼けてしまったため、大阪市から故郷・田原(旧中山村)に転居。曾祖父から土地を譲り受け、畑仕事の傍ら子供にそろばんや習字を教えていた。

三河万歳とは

兄・三竹仙助は三河万歳が趣味。歌や滑稽なセリフで人々を楽しませる伝統芸能。祝いの席等で披露され、現在の漫才の原型ともいわれる。盆正月は火鉢の周りで酒を飲みながら歌う。おもしろいことをいいながら、はやし立てながらやっていた。
三河萬歳 - Wikipedia

三河万歳【みかわまんざい】

九一は事務職に就くが、帰郷した15年後、川口家のでんぷん工場が倒産。九一に内緒で保証人になっていた祖母・トキが膨大な借金を背負う。トキは隣町で住み込みの家政婦に

大久保家

高祖父・甫吉

地元の農家のリーダーとして、率先して開墾を進めようとしていた。八幡社の氏子総代。

曾祖父・敬次

26歳の頃、農家から転身し、丸新製糸場を開く。義侠心にあつい人物

祖父・隆一

敬次の次男。昭和9年、内藤タヅと結婚。太平洋戦争勃発。政府から全国の製糸業者に対して製糸業整備統合に対する指示。工場は大手に吸収され、廃業を余儀なくされる。たづは苦労話を笑いに変える、とんちのきいた人。隆一は菜種などをもとに、食用油を販売。思うように利益が上がらなかった。苦労を間近で見ていた隆治は福井商店で働く

父・隆治、母・秀子

介護などの要因が重なり、両親の住む実家を出る。

佳代子:長屋暮らしだったんですよ。ちょっと何なら隠したくなるような。平屋で、木(造)で。自分ちの家のふるさとかぼボロさは子供心にわかってて「お金ないんだ」って。

その後、建売住宅を購入。父はしゃにむに働いた

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