高校の作文提出で書いた小説
ぼくの父さんは...
高校のとき、作文提出の宿題で、代わりに小説書いて出してた。自分の考えてることを小説にして、登場人物に話させるほうが私には向いてて。
少年犯罪をテーマに書いた。舞台が近未来、どんな人とも結婚したり出産したりしてもよくて。同性でも異性でも誰でもよい世界設定。第一部が「ぼくの父さんは精子だ」(笑)高校の担当の先生が気に入っちゃって。私に無断で全クラスの生徒に読み上げちゃった。すごい恥ずかしかった。
初めてわたしに「小説家になれ」と言ったのはその先生ですね。その時はポカーンとしてましたけど。
だいたいSFかミステリー、サスペンスばかり読んでて。文学はそんなに読んでない。子供の頃から宮部さん、高校生は松本清張とかよく読んでた。やっぱり論理とかしっかりしてるものだったり、ワクワクさせてもらえるもの。SFもそうですけど、そういうのをよく読みますね。
しおりとこぐち
やってきて2年
しおりは本の栞。こぐちは本の小口。顔を舐め合ったりするんだけど、一緒に寝たりは絶対しない。たぶん性格が合わない。しおりはバスケ部の主将みたいな感じ。割と規則正しい子ですね。こぐちは天真爛漫で自由気まま。しょっちゅう遊んでいる感じ。だいたいなにがしかのかたちで絡みに行きますね。とくにこぐちは。家の中に人間じゃない生き物にいてほしい気持ちがあってその中で私と相性が合うのがねこなんですよね。
そんなに思われてるほど、ねこって静かじゃないんですよね。わりと鳴くし、大騒ぎして走り回るし。でも本とか、書く作業と相性がいいんせすよね、不思議と。
「自由」を書きたい
両親が美術大の人だったので、クリエイティブな方に進め、みたいなところがあって。プレッシャーよりも逃げたいものになるなって思って。
基本的に、たぶん「自由」が書きたいんだろうとは思います。戦争も書きますけど、根本にあるのは自由に生きることとか。抑圧されている状態を書くことによって逆にそれを書いたり。ねこって自由。指示に従わない生き物。受け入れてる自分も、ある意味では自由を認める事になるのだろうな。ねこは自由かもしれない。
猫と群れる
猫は群れない生きものだという。
けれどわたしはあえて言いたい。猫は群れる生きものでもある、と。
多頭飼い崩壊現場から引き取られて、うちにやってきたきみたちは、最初からものすごく人なつこかった。
遠路はるばる小さなかごに乗せられて、わたしと目があった瞬間「あ、」と言いたげな顔をした。そしてなんの躊躇もなくわたしの腕の中や足の上で遊び、眠った。
本の名称から名前をもらい、キジトラをしおり、白黒ハチワレをこぐちと名付けたその晩、あまりにも小さい君たちを踏みつぶしたりしないようにと、寝室のふすまを閉めた。
するときみたちは、置いていかれるとでも思ったのだろうか。ぴゃーぴゃー騒いでふすまを引っかき、強制的に開けさせた。それで安心したのか、しおりは窓辺で眠り、こぐちはというと、私の首の上に横たわって眠りはじめた。
「ぐえっ」
猫はミステリアスだと人は言う。だけどしおりとこぐちは、ミステリアスさのかけらもない。呼べば来る...
猫ねこネコ猫何もしてなくても来るよ~♪
実家では18年前まで猫がいた。いま、父も猫もいない。母は先日入院した。病院での楽しみはネコメンタリーを見ること。