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徹子の部屋 栗原はるみ 夫・玲児さんのポテトサラダ

玲児さんの話

徹子 お悲しいところごめんなさいね。ご出演をお願いするのはもっと前だったの。来てくださるとおっしゃって。ちょっと申し訳ないなと思って。ワイドショーの草分け的存在で、栗原さんという方はですね。
栗原 (モーニングショー、三宅島噴火取材を見て)カッコイイですね。
徹子 頭の色もあんなふうに(白髪)とっても素敵。玲児さん、昔から存じ上げてたんですけど。あるときからあまりテレビにお出にならなかったのはどうしてかと思ったら、はるみさんのサポートのためだったって

栗原 そうですね。はい、はい。
徹子 サポート、いろんな意味があると思うんですけど
栗原 私の今までの料理は、全部彼の口を通して、ジャッジをしてもらってたので、はい。主人が全部食べていいとか悪いとか
徹子 美味しいって言うんじゃないと
栗原 ダメでしたね。それを私は支えに38年間やってきたので。すごく美味しい時は「たいしたもんだ、ベリーグッド」ダメな時は「こんなのありえない」言ってましたね
徹子 だからこそご主人が美味しいとおっしゃったものは絶対安心
栗原 それが私の基本的な考え方でしたけどね(すてきレシピ 2002年秋号の写真は)フィンランドに行ったとき、主人が「おんぶしてあげようか」あらそうとおもって。その時は恥ずかしかったんですけど今思うといい写真

徹子 あなた様がとっても嬉しそう。仲が良かった御夫婦なんだなと。今年でご結婚47年。あと3年で50年だったのに
栗原 そうですねえ、残念でしたけどね
徹子 肺がんだったのね
栗原 何しろタバコが大好きだったので。お医者様に「なるよ」と言われてたらやっぱりなりましたね「僕は後悔しない」
徹子 余命宣告はあったんですって
栗原 はい。去年宣告されて。3月5日は私の72歳の誕生日。その時に大勢来ていただいて、私をいつになくたくさん褒めてくれて、私をお願いします、とかも言ってくれたんですけど。みなさんは誕生日だから言ってると思ったみたいで。家族は余命は知ってましたけど。私が泣いてたので、なんか嬉しくて泣いてたのかなと思ったって。3月5日以降誰にも会わなかったですね。これで僕は誰とも会わない、とすごく強く思ってた...ガンって、本当に徐々に悪くなるもんですね

ポテトサラダ

栗原 たまに主人がポテトサラダを買ってくるんですね。それを食べてるのは見てたんですけど、一番好きっていうのはわからなくて。どうなんだろと、味をたまには変えたいのかなと。彼が一番好きなのはこれ。マヨネーズ、食べてみると市販ではできない味なんですね。仕事してるとポテトサラダが取っ替え引っ替え出てくるから楽しいでしょ、という気持ちが私の中にあったんですけど、この味が大好きというふうに思えなくて。あるとき気がついて、何度も練習して練習して彼からベリーグッド貰うまで。ピクルスは自家製にするんですね。人参は茹でて、マッシュしたポテトにマヨネーズは自家製を混ぜるんですけど。トマトもキドニービーンズも大好きなんですよ。ですから昔の、日本に初めて50年前に来た時の、甘くて酸っぱい味なんですね。玲児さんのポテトサラダと名前をつけてるんですけど。主婦の方、きっとそうだと思うんですけど、ご主人が一番好きなポテトサラダを覚えたらいいですよね。いろいろあるけど一番好きだ、とわかってると、疲れた時やお祝いの時に作ってあげると喜ばれるんでしょうね。
徹子 とってもおいしい。好みの味。母は作らなかったので。とてもお味が良くて。
栗原 泣いてばかりはいられないですよね。
※で、そのマヨネーズのレシピが知りたいねん。うちで加減するから。「教えてもらう前と後」では具材に刻んだいぶりがっこ、ポン酢小さじ1でさっぱり、またはしょうゆでコクを。または仕上げに揚げ玉ねぎをふりかける。/小さめに切った野菜、和風ドレッシング(ノンオイル)大さじ3を5分レンチン、牛肉に和風ドレッシングを入れてさらに5分加熱するとさっぱり味の肉じゃがに。

栗原はるみharu_mi 2020年 01 月号 [雑誌]

栗原はるみharu_mi 2020年 01 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2019/11/30
  • メディア: 雑誌

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