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人生案内メモ、文字起こし、感想。

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あしたも晴れ 人生レシピ ばぁば 鈴木登紀子 生い立ち、おしのぎ、お作法、金言。

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病魔が襲う

87歳で大腸がん、89歳で肝臓がん、91歳で心筋梗塞

今も完治はしていない。
あらっと思っただけですよ。だって向こうからやってくるからどうにもならないんだよね。根はのんきだと思うんですよ。
※糖尿病、抗がん剤の薬やらどっさり出てきたけど大丈夫か。
物を取ろうとしてかがんだら心筋梗塞。心臓の血管のうち一本が詰まり、ステントを入れた。お花畑が見えてないから大丈夫。
なるべく落ち込まないっていうのかな。落ち込んだら果てしなく落ち込むと思うの。だからなるべく楽しくしたいとは思うの
小柄な担当医...蝶ネクタイ、採血の看護師は吸血鬼、アメリカ帰りの担当医はロイド先生と呼んでいた。
自分で楽しむと気分的には落ち込まない。つかの間忘れられるでしょ。

食べることは生きること

どんなに文明が発達してても、薬みたいになったもので栄養があるからって、美味しさは得られませんよ。心の満足、それから五感を働かせていただくことも、食べることにはみなさん「いい」気持ちを持つでしょ。いただいたら「ごちそうさま」と幸せ感を味わえる。だから食べることはとっても大事。食べて不機嫌になる人はいないですから

生い立ち

料理の原点は母・お千代さん

父が大酒飲みでしたからね。お晩酌するたびに1時間半から2時間かかってたみたいですね。一品一品作るとそれをあたしが持ってくわけよね。全部並べてなんか出さないわよ。出来立てを出すわけよ。あたしが持ってくと「あ~んしなさい」必ずいうわけよ。パッて入れてくれる。なんておいしいんだろうと。それが好きで手伝ってたみたいなもの。夫はおいしいときは「おいしいねえ」って言うの。でも黙って食べた時には「あぁ、これはちょっとなんなんだな」(笑)それは出さないようにしましたね。一生懸命思い出して作りました。母が作ってたものを。

3人の子育てをしていた40代前半、料理が美味しいと評判に。近所の人に請われて教室を開く。

53歳で「きょうの料理」初登場

※約40年前の53歳、とても同世代に見えない(1980年当時)

太巻き寿司、きゅうりとじゃこの酢の物、金目鯛の煮付け、かぼちゃの煮物、卵焼き(卵には「カラザ」割った時にふっと殻がとどまるんですよ。食べた時に口に入らないように一度濾して。)、ぬか漬けは「ご飯に取り掛かる20分前に出して、盛り付けて冷蔵庫にお入れください。冷たさもごちそうのうち

おしのぎ

しっかりした献立ではなく、軽くという意味

白あえ(裏ごしした木綿豆腐・にんじん・きゅうり・こんにゃく・干ししいたけ・ひねりごま)
おわん(卵豆腐※卵液、だしを濾して蒸す・そうめん・花えび)
お手軽一口ずし(小鯛の笹漬け、芽ネギ、梅おかか、スモークサーモン)

作法

最初にいただくのは和え物。器→箸の順。殿には「だいじょうぶ」甘いばぁば。料理を取った箸で箸置きを汚さない。母に、口に含んだ箸は箸置きの先に出しなさい、帰られたあとに「あの方はゆかしい(配慮がある)お方じゃ」思われると教えられたそう。

こうして最低限のことを穏やかに教えてもらうといい。いき過ぎたマナー講師とかじゃなくて。

金言

満腹感と満足感は違う(満足は味や香りで互換が働き、嬉しさが倍増)
お母さんの味は子供の人生を豊かにする(子供たちもいい年になりましたけど、覚えてますね。愛情だと思います。お父さんでも、どちらにしても)
旬を大切にすれば、おのずと料理の腕は上がる(時短はあまり好きじゃない。慣れたら皆さんあがりますよ。旬は短いの。だから楽しいの。春は筍、旬を繰り返してるとみなさん上手になります。待ってる方も楽しみになる)

昔のおばあちゃんは綺麗な包装紙で封筒作ったりしてたよね。手ぬぐいを食事用エプロンにするとか。そして作ったものは何十年も長持ち。

ばぁばの100年レシピ 母から私に。そして若い人へおくる味

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  • 作者:鈴木 登紀子
  • 発売日: 2018/11/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
誰も教えなくなった、料理きほんのき

誰も教えなくなった、料理きほんのき

ダウントン・アビーが大好きな94歳。子供たちには延命無用と伝えてある。

追記

2020.12.28 死去。96歳
2021.2.13 追悼番組「ばぁば 幸せのかくし味」放送
大正13年生まれ、スポーツ万能少女。
やっぱり心はつながりますよ。ものとは違うの。

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