石井家
儀助さん
米問屋(石井商会)を営む傍ら地元に神社を創建し、神官も務めた※若都都古別神社(わかつつこわけじんじゃ)
金澤村に過ぎたるものが3つある「村社 太鼓 石井儀助」
弟・靏次さん
培根塾で勉強。文学の道を志していたが体を壊し、儀助の米問屋を手伝う
明治36年、あくりと結婚。友則さん(のちの竜也の祖父)誕生。
一家は茨城県大津市に移り住む。
岡倉天心(六角堂という庵を結ぶ)と並んで高額納税者に。
岡倉天心は東京・谷中から日本美術院を移し、親交のあった横山大観らを呼び寄せた。
経済的に豊かになり木村武山の仏画などを購入するも、
大正に入ると石井商会の経営が行き詰まる。
大正3年、和菓子屋・石井屋創業
兄の商売を通じて知り合った、あずきや砂糖を扱う問屋とのつながりを生かした
大津で初めての本格的な和菓子屋。米粉を使ったらくがんは店の名物に。
今田:ルーツが「米」入ってるっていう
石井:関係ないですね、全然関係ないですね
今田:全然違うとこから名前つけたら
石井:ねえ。人の人生の流れっていうのが、自分では分かんない流れが
今田:あるんでしょうね
石井:あるんですね。この番組見てるとよくそういうことがございますね
今田:神社やってはったっていうのは
石井:聞いてたんですよ。だから僕が今歌ってるのも、神社も歌に近い(感じが)
あるじゃないですか
今田:米米CLUBってバンド名も神社感強くないですか(笑)
ジェームス(小野田)さんがいたりとか
石井:そうそうそう
今田:何かこう、七福神じゃないですけど
石井:ジャンルに入らないものを作りたかったんですよね
長男・友則さん
竜也の祖父。画家を目指すようになるが、靏次は石井屋の二代目を継ぐよう厳命。
和菓子職人に。潮風もなかは人気商品。
きよと結婚。昭和5年、長男昭雄(竜也の父)誕生
昭和16年、戦火で思うように菓子作りができなくなる。
昭和20年、B29の編隊が大津の上空を飛ぶ
数発の銃弾がB29に向かって撃たれる。1機が気づき旋回し爆弾を投下。
石井屋は免れるが隣家に落ちる。
靏次さんは爆撃のショックによる脳出血で倒れ、78歳で死去
戦後、友則さんは店を再開。芋あめを作る。近所に住んでいた鈴木康二朗投手がいも飴大好き
※王貞治756号の時のピッチャー。2022.2.14追記:鈴木康二朗さんが2019年11月、肺炎のため70歳で亡くなっていたことがわかった。