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【訃報】過去記事で振り返る永六輔。CMと言えば浅田飴、菊正宗。

父親と同世代の有名人が次々と亡くなり
病室の父も「俺の死に場所はここか」などと言い出した。
別ブログでいくつか出演番組を書いていたので、こちらにまとめてみた。

永六輔とは

最初に知ったのは浅田飴のCM。見ていると咳が出そう。

作詞「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「いい湯だな」の他にこの曲も
「初めての街で」ってタイトル初めて知ったわ。最初っから聴いたのも初めて。
何故か長年「夜の訪問者」の小川順子が歌ってたと思いこんでた。
全然声質が違うのになぜだろう。歌っていたのは西田佐知子である。

初めての街で 西田佐知子(CMバージョン)

2016年5月に、ザ・ピーナッツ伊藤ユミが亡くなっていた。この曲の作詞も。

若い季節 ザ・ピーナッツ 1963

徹子の部屋

「なぜ男に乳首が付いてるの?男の乳首は昔女だったことの名残なんです」そう言ったのは徹子の部屋(83年出演時)
2013年出演時には自らのパーキンソン病について語っている。ろれつが回らなくなってラジオ番組をやめようかと思ったが、
小沢昭一(2012年死去)に「永六輔はラジオの前にいればいいのだから絶対辞めるな」と反対された。

60年ずっと喧嘩もせず、楽しい友達でした。
6月27日、ラジオ最後の放送に走ってって間に合ったんです。
わたしが「永さーん!」って声かけると目を開けて。
わたしの声がよく届くというのか、すごく大きな声で笑ってくれて。
おうちの方もそうなんですけど誰もそんなに早く死ぬとは思わなくて。
娘たちもそんなに早く死ぬと思ってなかった。
気がつくと息をしていなかった。これでいいんだ、って永さんが思ってるようで・・

スーパーJチャンネルでの黒柳徹子のコメントより抜粋。

NHKテレビ60年 永六輔×秋元康

.net.amigo 記事参照
2013年放送。この対談が一番面白かった。
読みづらかったのでリライトした。もっと完全な書き起こしにすればよかった。
放送作家をやめようと思ったきっかけ、宮本常一の言葉など
できれば再放送して欲しい。

※「トットてれび」永六輔役は新井浩文。 中居くんの永七輔を思い出してしまった。※2019追記 じゃトットてれびも放送できひんの?

ボクらの時代 大橋巨泉×永六輔×藤田潔

2011年放送。今でも時折アクセスがある。大橋巨泉は2016年7月現在、集中治療室と報じられている。永さん「手の震えが映るから、テレビよりもラジオがいい」
ボクらの時代 大橋巨泉 永六輔 藤田潔 .net.amigo 記事参照

永六輔 戦いの夏

2011年放送。感想ばかりでどんな内容かわかりにくい。申し訳ない。「誰かとどこかで」のTBSではなく「夢であいましょう」のNHKで闘病生活を放送。
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2×3が六輔92_12_3.mov

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個人的にはこの3作品。

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