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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

80年代の逆襲 宮沢章夫の戦後日本カルチャー論  細野晴臣

80年代の正体(1990)

はっきり言って「スカ」だった!

80年代の正体 (別冊 宝島)

80年代の正体 (別冊 宝島)

擁護するつもりはないけど、それだけだったか?と感じるわけです。

スカの全体像がつかめない風間俊介

駄菓子屋行ったことがありますか?
くじ引いて「はずれ」が、スカ。現象として、意味のないことがスカだった。
それを丸ごと肯定しちゃうのはちょっと・・
現代につながる意味合いは何か、考えるきっかけにはなったわけです。

テクノ

YMO、クラフトワークは80年代そのものに影響を与える電波力を持っていた。

80年アルバムチャート

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1 ソリッド・ステイト・サバイバー YMO
2 起承転結 松山千春
3 グレイテスト・ヒッツVOL.2 ABBA
4 夢がたり 久保田早紀
5 おかえりなさい 中島みゆき
6 逆流 長渕剛
7 スコール 松田聖子
8 増殖 YMO
9 浪漫 松山千春
10 パブリック・プレシャー YMO  <<


※6.9.10位以外はダビングしたり購入したりした。

YMOは運動会や給食の時間に流れたりした。
BGMにしか捉えられないかもしれないけど、特別なものがあった。

細野晴臣

僕はベースを弾いてて、有機的な、オーガニック的なことをやっていた。
70年代ってのはそういう音楽。
急にコンピューターで、シンセサイザーとか。
数値で打っていくんで、均等なんですよ。
聴くと「ピコピコ」とか、そういう音。
じゃあ自分はいったい何をすればいいか。

ベーシストとしてのアイデンティティーが崩壊した。

自分たちではキープできないリズムがコンピューターではできる。
脳の世界。一度肉体的な音楽やってますけど、一旦置いといて
脳で音楽ができるんじゃないか。そういう刺激はとてもあったんですね。
なんとも言えない快感があった。
ドイツのクラフトワークは本当に素晴らしかった。真似ができない。
真似したらクラフトワークになっちゃうし。
日本人として太刀打ちできない何かを感じる。

僕たちは「鋼鉄のコンセプト」と呼んでました。

でも僕たちは何を習ってきたのか。少なくとも邦楽のバックボーンは僕たちを支えてない。
聴いてきたのはアメリカの音楽ばかり。少しは役に立ってるけど
テクノには生かせなかった。
障子と紙とか、木で出来てる。東京ってのはそんなもんだろう。
ロンドンで最初のライブやった時に、終わって出てきたら女の子が追っかけて来て
チューしてくれた。「cute!」って。キュートなんだ僕たち、って(笑)

いい意味での軽薄、軽さって否定されるものだったかもしれないけど、
逆に東京が持ってる魅力だったのかもしれない。


plastics &quot;copy&quot; - YouTube

ニューウエーブにふさわしい音づくり。自分たちを相対化する。
笑って見せることだったのかも。

菊池成孔

オタク、アキバ、サブカル系の人たちも「ライディーン

ヤンキーの人たちもシャコタンに車載してた「ライディーン

YMOは、ほんの一瞬、この二つに君臨したんですよ。

敵対する二つの勢力が一瞬で影響されたんです。
源流と言うと大げさだけど、きゃりーぱみゅぱみゅさんとか、Perfumeさん、
欧米でものすごく人気がある。
YMOが「エキゾチック」って言ってたけど、彼女らもそう。
そういうのの先祖だって言い方はできる。

電子音楽イン・ジャパン―1955~1981

電子音楽イン・ジャパン―1955~1981

高橋幸宏さんが「汗をかかない」と。
それまでのロックのドラマーは、暑いから汗をかくんですよ。タンクトップで。
でも幸宏さんには耐えられなかった。
だからきちっとした格好でたたく。それが似合う人だった。
コンセプチュアル。頭で考えた何物かを形にする方がかっこいい。

YMOは非身体 =情報

「スチャダラ」じゃないけど↓


New Wave &#39;90 1991/ 9/ 19 D - YouTube

器を変えるために原宿が必要だった。TOKYOファッションビル。
当時先端人間の集まるところ。フーテンからファッション文化へ。
ピテカントロプス・エレクトス、セントラルアパート。
81年のananに「セントラルアパート物語」がある。
糸井重里。コピーライターが注目を浴びた時代。80年代は高度資本主義。
製造業が追い越された時代。

人と私は違う「差異化」ヒエラルキー。

90年代は差異化がなくなって「違っててもいいじゃない」

80年代的な笑い


トリオザテクノTV漫才 - YouTube

わたし、常々こんな人になりたいと思ってるw

笑いながら怒る人 - YouTube
いとうせいこうがやろうとしてたのは、社会の中の何が面白いのか。
彼の新しさはそこにあった。
こういう笑いがありますよ、というのを情報化して伝えるのが80年代。
Eテレでスネークマンショーとか、じつにたまんない。

おたく OTAKU

「漫画の同人雑誌の即売会、あ~すごいマニア・パワーです」
←この実況が国営放送的。

中森明夫

「菜」を「夫:に替えただけの名前。どこのトンチキだと思うでしょ?
この人すごいんです。世にも恐ろしい「漫画ブリッコ
中森明夫さんはここでオタクの研究をはじめた。コミケの説明。
カッコいいかかっこよくないか。
YMOはかっこよくて、オタクはかっこ悪いという考え方。
オタクも、テクノとは違うかもしれないけど非身体。
それが日本の80年代。

ゼビウス

ゲームの背後にある物語性。敵にも敵の正義がある。

相手も生き延びたい、と思ってつくられた「ゼビウス

AKIRA

AKIRA 〈Blu-ray〉

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見ながらタイピングしてて、こんなワクワクしたこたぁない。
確かに自分が生きてた80年代を「これでいいのだ」と肯定してくれた番組。
再放送やればいいのに。

新しさを追うこと自体が、古くなっちゃったのかもしれませんね(岡崎京子

東京ガールズブラボー (下)

東京ガールズブラボー (下)













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