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「死にたい」気持ちを引きとめられるか。なぜ自分の死を早めてはいけないのか。

読売新聞人生案内 2013.11.14

50代の主婦。
なぜ人は自分の死を早めてはいけないのかを教えてください。看護師として働いていましたが、ストレスで体調を崩して退職しました。
死のうと思いましたが、夫と娘に遮られて断念し、1年は生きると約束しています。でも、人は生きる権利はあるのに、なぜ死ぬ権利が認められないのかわかりません。(略)他人に迷惑をかけずに生きられる保証があるなら別ですが、今のしあわせな状態のまま死にたい。この先迷惑をかけることになるのは絶対いやです。もう十分頑張ったし、充分幸せに生きることもできました。私の思いがなぜ認められないのか教えてください。

そして、まつたけさんも苦しがっている。
苦しくてどうにもならないので死ぬことにした - まつたけのブログ 苦しくてどうにもならないので死ぬことにした - まつたけのブログ

鷲田清一さんの回答

わたしも60代半ばに差し掛かっているのに、どんなに苦しくてもいることの方が大事だと、心の底から言える根拠を持てないでいます。あなたは死にたい自分ではなく、死なれる方の思いを十分に考えましたか。(中略)死なれたほうは、思いとどまらせることのできなかった自分への責めと、自分は本当のところあてにされていなかったという悲しみとの間で引き裂かれ、穏やかな日など訪れようもありません。その「迷惑」に比べれば、日々の迷惑など物の数ではありません。

死なないでいる理由 (角川文庫)

死なないでいる理由 (角川文庫)

昔々、小中学生の自殺が流行ったことがあったっけ。70年代後期だったかな。当時偶然にも学校の図書室で手にした本がこれ↓
新編 ぼくは12歳 (ちくま文庫)

新編 ぼくは12歳 (ちくま文庫)

どんなにりっぱな詩を残したとしても自分で自分を殺めちゃなあ。

去年大好きだった従兄ががんで亡くなった時の遺された家族の悲しみようといったら。病死でも事故死でも突然死でも「家族が突然いなくなる」ことは、何年経っても悲しみが癒えないさね。

自分の場合、ブログに絶対書いちゃいけないことがあるとしたら「これで最後」「終わり」・・・まあもしそんな気になったとしても、たぶん一定期間を置いてまた始めるだろう。

まつたけさんも今の気持ちをアウトプットしただけだと思いたい。

しかしひとの人生だからなあ。

なんかこの村も引用だブクマだが落ち着いたと思ったら
今度は善だ悪だ偽善とはなにかとかだんだんわかんなくなってきたよ。不登校、自分も経験あるぞ。高校生の時な。短かったけど。最近の指針は「1カ月以上(病欠以外で)欠席の生徒」だったっけ。

自分がいない間クラスでは転校・退学説はもちろんのこと、死亡説や神隠しにあったとか勝手なうわさが流れる場合もある。
ウチの子の同級生も中1から来なくなっちゃって。卒アル、自分だけカットした写真使ったりすんだよ?卒業式は午後から婆ちゃんが来ます、とかさ。説教するつもりはないけど、たとえ嫌な学校でも連絡ぐらい密にとっといたほうがいい。今はいいよな、ネットで好きなこと書けるから。
80年代の学習雑誌の投稿欄なんか、誰か書籍化してくれないか。学研の中1~高3コースあたりを。恥ずかしさの宝庫だぜ。

※思いとどまるならこの曲。筋肉少女帯 元祖高木ブー伝説 。つらくとも死ぬな。