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人生案内メモ、文字起こし、感想。

ファミリーヒストリー 麒麟 川島明 宮大工・喜兵衛 紐本弘は梅若流

川島家

高祖父→曾祖父 喜兵衛

本籍地は滋賀県五個荘村(現・東近江市那須与一の孫が開いた弘誓寺の門は、江戸後期に大修復。先に立った大工が喜兵衛(江戸前期を生きた九兵衛の名も棟札に記される)

代々宮大工の家系。曾祖父の幼名は喜一郎。のちに喜兵衛の名を継ぐ。明治39年福井に移る。紐本小とよと結婚するが、大正10年結核で亡くす。自身も結核にかかっていた。昭和12年、51歳で病死。

紐本家

明:おばあちゃんの方から僕が吉本に入る話をしたときに「うちの家系にも人前で仕事をする人がいた」声で何かお仕事されてた人がいたのなら運命といいますか

弘は明治26年生まれ。友禅染の絵付師であり、梅若流の能楽を納め、美声の持ち主

祖母・静香:(明は)確かにいい声してはりますね※実母が腸チフスのため、生後間もなく斎藤家に養子に出される

祖父・良三

大正9年生まれ。母・小とよの死後、良三とふるさとの滋賀に戻る。藤本呉服店で丁稚奉公(※静香は隣の衣料雑貨店で働いていた)

ようオナラしとったから「ヘコちゃん」言われとったんですよ

明:いつも昼寝しとったんですよ。ずっと屁こいてたw

結婚後は宇治市の製茶会社(小山製茶工場)専属ドライバー。仕事は順調だったが、昭和32年4月20日、静香を乗せたタクシーに飲酒運転の車が衝突。一命はとりとめたが手術を何度も繰り返す重傷。良三は看病のため会社を辞める。

出入りしていた行商の人から勧められ、漬物屋を始めた。

鎧塚俊彦:白長神社に行くと、おっちゃんがいて、ようしてもらいました

父・喜一(よしかず)中学卒業後、塗装工に。母・悦子、2021年11月、74歳で死去。

ラヴィットの映像借りて流してた。お母さん亡くなった日もラヴィットやってたんやな

傷つけるのも勇気や元気を与えるのも言葉。優しい時間が流れほっとするような時間を作ってください。おねがいします。

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