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人生案内メモ、文字起こし、感想。

アメトーーク 元野球部芸人 ティモンディ前田・ZETT測定全国1位/すゑひろがりず南條 堺ビッグボーイズ

ティモンディ前田

ZETT測定

前田:中学時代はボーイズリーグ、神奈川県選抜。軽く投げて130km。10校からスカウトが来た。東海大相模などかかった中で、一番甲子園に行けるのはたぶんもっと高校生少ない名門の方が行けるかなと済美にした。僕らの代の優勝校は東海大相模

ZETT測定。何校か絞って身体測定みたいなんするんですよ。ベンチプレス、スイングスピード、30m走。高1、2年の時に全国1位。プロの競輪チームからスカウトが来た。
身体能力評価システム アスリートテスト | 【ZETT】ゼットベースボールオフィシャルサイト|野球を科学する。ゼット株式会社

高岸:当時は今の9倍ありました(笑)済美は体育祭も練習の一環。
前田:高岸は珍しい軟式クラブチームだったんですね。
高岸:済美に行きたい思いはあるんですけど、なかなかつながりがない。となりでたまたまボーイズリーグがあって、スカウトが見に来てくださって、そこで僕がノーヒットノーランを。見てスカウトしていただいた
前田:高校行くとヤクルト・阪神2球団のスカウトが来て
陣内:それでも断ったの
高岸:大学で上位指名をと。自主的に200球投げてたら壊れちゃって

すゑひろがりず南條

小学校から大学まで

中学は名門と呼ばれてるビッグボーイズ。プロになるような、例えば筒香選手とか森友哉選手とかも在籍してるような有名なクラブチームやったんですけど、僕そこで副キャプテンやったんです。大悟さん仰ってたように、なにで勝つか言うたら、声の大きさと元気とまじめさ。ちょっとやんちゃなやつばっかりやったんですけど、僕はもう最後まで整備したり、すぐ道具運んだり。とにかく真面目な、内気やったんですけど。公立高校に進学したんですけど良くしてもらって。すぐにメンバー。さらに小規模の大学に行きまして、女子8男子2の大学。野球部14人しかいなかったんですけど、マネージャー7人。最後ハーレム状態。

千鳥大悟

岡山県北木島~レギュラーの取り方

島で9人ぎりぎり足りるか足りんかぐらいの。小学校中学校野球部で。その中のエースで4番で僕が一番うまかった。高校野球入ったらわしよりヘタな奴が一人もいなかった。ていうぐらいレベルの違うとこから何とか高3の夏にショートでレギュラーになるまで。3年間の努力の野球部でしたね。

レギュラーの取り方、いろいろあるんです。高校にもよるんですけど。ホンマに1秒でも遅くまでグラウンドにおるやつ(笑)こういうところを監督は見てるんです。島では、レフトが海だったんですよ。そっちに打つと海にボールがなくなっちゃうから、基本全員ライト方向に(笑)
レギュラーなれないかもしれないってわかるんですよ。そこから3年間やれる人はとんでもなく凄い。

ずぶ濡れの先輩のグローブを部室のレンジでチンしたんですよ。入江先輩、あの時はすみませんでしたw

バカリズム

飯塚高校

(中学に)入学した時にヤンキーの先輩に誘われて断りきれなくてなんとなく入ったのがきっかけなんですよ。やめても良かったんですけど、野球部を辞めると、やめなかったやつから下に見られるんですよ。実際自分も辞めた奴のことをずっと下に見てたんですね(笑)高校に入った時もそんなに野球やりたいわけではなかったんですけど、中学までしか野球をやってない人たちって、高校までやった人たちから、やっぱ下に見られるんですよ。なんにもやってない人よりも、ちょっと下に見てる。中途半端にやってるからね。

安村:軟式と硬式でだいぶ違いますから

当然レギュラーにもなれなかったんですけど、辞めるのが嫌で。ずっと続けて。3年の最後の夏までずっと補欠だったんですけど、最後の夏だけ、そこそこ強いチームだから一回戦とか二回戦まで先発メンバー温存して、試しに控えの選手出したりするんですけど、そこで出されたら絶好調で。いきなり打って結果出したんですよ。じゃ次の試合も出るかって出たらまた打って。結局最後の試合までそれで出続けた。最後の夏だけスタメンで終わったんです。

安村・ジャンポケ斎藤・ニッポンの社長

「もう一本ノックお願いします」の安村、小学5年生で5連投で肩やった。硬式やって、推薦で(旭川実業)高校いった。甲子園の三回戦まで行った。伝令・入場行進の声出し係。ジャンポケ斎藤慎二は千葉・八千代松陰高校。フェアボール取りに行っちゃって監督にめちゃくちゃ怒られた。たとえスベったとしてもあのときの苦しみに比べれば全然。
辻は中学から始めた。ルールがなかなか入らなかった。体が覚えてない。なんとか覚えて中学で全国制覇。5番。弟は元中日の辻孟彦

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