別館.net.amigo

料理 人生案内 モノ TV 音楽 読書 野球 ラジオ

SWITCHインタビュー達人達 5年ぶり椎名林檎×初の小林賢太郎 評論論

前半

音楽に向いてる体質の子

小林 僕は(楽器は)全然なので、子供の頃から楽器に触れてる人の先天性。言葉が違うっていうか、僕の知らない世界を知ってる感じがして
椎名 音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。それこそスポーツ一家って、親御さんもやっぱりって方多いでしょ。そうだと思います、さすがに。

小林 環境か
椎名 環境とか体力、体質。子供育ててて思うけど、向いてる体質はあるんじゃないか。体型とか。
小林 ふんふん。それは楽器対自分のフィジカルな意味で?
椎名 もあるし、リズム感とか音感っていうのは、それはもう抗えないと思う
小林 スタートが早いのはきっといいことなんでしょ?
椎名 そうだし、全く興味を示さない子もいると思う。すごく差がでますから。ちっちゃいときから、正直言うと悲しいかな優れてる子は、初めから
小林 見て分かる
椎名 もう一音でわかるみたいな世界ですね。あと曲も、ほんとに正直言っちゃうと同じコード進行、4小節パターンのコード進行使って、センスがある子は何曲も名曲が作れるか。4小節でわかる。

曲の持つ性格

小林 椎名さんの作品を見たり聞いたりすると、サービス精神を感じます
椎名 いやいやいや。ハテ?っていう感じ。ほんとに女性向けのコンテンツだなって

小林 すごく食べやすくしてありますね。たとえば「こっからサビ行くぜ」っていう一個前の単語に一個アタックを入れたりとか。それでその強い単語の後にポンとサビが来た時の気持ちよさとか。ここはもう僕はサービス精神だなと。
椎名 そっか。作詞をする時最近もありましたが、一昨日非常に苦しんだんですけど、やっぱりふさわしい、曲がもともと持っている性格みたいなものは自分でコントロールしてるわけじゃない。自然に持ってるもので、それをいかに感じ取ってふさわしいものにするか。もともと決まっているようなものという認識
小林 言葉は決まっているようなもの
椎名 その曲自体が持って生まれてきてるようなものを見誤って、自分の趣味で勝手なものを、添加物を入れちゃいけないっていう
小林 曲の意思に逆らわない
椎名 で、さらにこっちがニュートラルでないのかなんなのかわからない。ただ間違ってるってことしかわかんなくて、ふさわしいイントネーションの都合もあるじゃない、曲の。歌わなきゃいけないから。なんかうまいこといかなくて。ここはちょっとしょうがないってしてると、全然違うメッセージになっちゃう。だから、イタコじゃないんだけど
小林 うん、引っ張られて作ってる感じですか。
椎名 だし、耳を澄まさなきゃみたいな。それは苦しいです。エモーショナルといっても、苦しみだけがある。

小林 僕は聞いてて面白そうだなと思いましたね。その手前にあるメロディーを作ってるときには、またそこにはドライなルールに従って、積み重ねて行く感じですかね
椎名 そうね、もう少しあるか。いくらでも作りたいです、曲は。
小林 作れるマインドの時とそうでないときはありますか
椎名 あるかなあ...ないと思うなあ、音楽は。歌詞はあると思う。それぞれにそれなりのものができそう。絶望してたら絶望なりの、何かが生まれて。で逆だったりもするけど。本当に満たされていないと繊細な悲しい曲が書けなかったり。なんともいえない。みんなそうなんじゃないかなと思ったり。

芸について

小林 エンターテイナー。試されるんだなあ。どうです?そういうの。自分の気持ちが作品作りに影響するときとしないとき
椎名 やはりね、小林さんもそうだし私たちもやはり、芸なんですよね。スキルなんて言っちゃうと語弊がある。テレビをご覧になる方に対してスキルなんて言っちゃうと、なにかあざとい、ずるいもののように思われてしまうようなきらいがあるなと思って。特にJ-POPの世界はそうなんですよね。これは芸であって、あくまで嘘、虚構なんだけど、スキルを磨いてきたものでショーをお見せするのが前提にあるんだけど。やっぱりドキュメントに見せることがひとつ、しきたりとしてある。生きざま。アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れしていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。
小林 それは僕もそう思います

後半

うるうのもり

「昔は私も、人々と同じように町に暮らしていたんだよ」「ふうん、町の全員を数えようと思ったの?」「町のじゃない。世界の全員だ。全部の人間の数を数えようと思ったのだ」「すごい。どうして?」「自分が余りの1じゃないことをたしかめたくてな」

五十音で作った文章

ひしめく ほんのもりを つむみなと ゆれるふねは おきへぬけ たてやよこに そろうまち せかいさえ あらわす

うるうのもり

うるうのもり

評論路

小林 僕の思う評論論は、知識の豊富な人が「この芸術作品はこういう方々がきっと気に入ってくれるんじゃないか」と思ったり、あるいは「気づいてない方がいるかもしれないけど実はこれにはこういう種類の良さがある」ことを言葉に変えてあげる通訳のような立場に近いと思うんですね。そうすると、あの人があんなふうに言ってたから、どれどれ見に行ってみよう、良さがわかったからより楽しめた、次の作品も見に行ってみよう、となるのが一番美しい評論家さんの橋渡しです
椎名 正しいです
小林 そうなんですよ、だから詳しくて否定的は何も生み出していない
椎名 何も生まない
小林 もちろんネガティブな部分を「こういうふうにしたらもっと良くなるかもしれない」というのは言っていいかも。せめて同じ量、好きになろうとしてる人の妨げにはなって欲しくない。そう言う感じですかね、評論論。