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SWITCHインタビュー達人達 スカパラ30周年 谷中敦×シェフ 永島建志 コラボ、青木さん、ギムラさんの話

スカパラ30周年

谷中 スカパラのメンバー内で「東京スカ」で検索するとスカイツリーが出てきたからそれを超えようって話をしたことがあって
永島 なのに今回便乗してる
谷中 結局便乗しちゃってる

ライブ

永島 谷中さん出だしからハイスピードでしたよね
谷中 いきなり出だしパコーンと行っとかないと
永島 割と最高スピードで突っ込んでますよね
谷中 トップギアで行っとかないと、後から上げるのすごい大変なんで

永島 会場全体がすごい揺れるの。ドーン、ドーン(笑)途中、若干酸素薄くなったもんね(笑)ほんと最高でした
谷中 熱気と自分の盛り上がりで、息が足りない感じになっちゃうのよね。幸せでしかなかった。30周年こんな、もうほんとにお客さんの盛り上がりの形でお祝いしてもらってる。やってきてよかったな。どこら辺で見ていかれます?
永島 二階席
谷中 上から見てるとお客さんわちゃわちゃ。ステージから見てると全員笑顔になって
永島 まとまったポジティビティ(前向きな感情)を感じられる
谷中 こんだけまとまった善意の塊があったら世の中いい方向にしか変わらないって信じられるから。昔よく言ってたんだけど、ライブ中お客さんに「後ろ向いてごらん、みんな笑顔だよ」これもいい部分の一つ

Paradise Has No Border、さかなクン

永島 スカパラのテーマですよね”No Border”
谷中 自分が思いついたときは、フォロ・ソルって、6万人収容するような所で、ロス・ファブロソス・キャデラックの30周年、その前座をスカパラが。同じスカバンドだからって理由で呼ばれて。自分たちの出番が終わって見てたんだけど、みんなでバンドも一緒になって歌ってんのね。これって、繁殖してくんじゃなくて増殖してくんじゃないけど、パラダイスってどんどん増殖していくイメージだなあって思って。音楽ってどこかしら届く場所は全部楽園にできる感覚。そこからParadise Has No Border って言葉が生まれた

永島 伝染
谷中 伝染したいな。楽しいことを伝染させるのは最高にいいじゃないですか。そういうことの延長線上で、いろんなバンドたちと仲良くさせてもらって。まさにさかなクンとやるのはNo Border。彼は面白い。本当にいろんな種類の楽器持って。バスサックスとか、コントラバスクラリネット、見たことないような。水槽買って珍しい魚いっぱい集めてるような感覚で管楽器買ってるんだろうな(笑)

コラボのコツ

永島 逆にコラボレーションするときこれ大事ってところは 
谷中 相手が遠慮しないような状況を作る。俺がこのバンドのリーダーだぐらいの人がやっぱ嬉しいですね。結構課してると思うね。一人迎えた時に全員で祭り上げる。

永島 神輿を担いでる状態ですね
谷中 細美武士が参加してくれた時に「スカパラって一緒にやった時に、思いっきり自分を前に出してくれるじゃないですか。それってほんと信じられないですよね。自分が参加してんのに自分が殺されてるような現場とか、結構あったんですよ」って。そういうの言ってもらったらメンバー全員本気で喜んでて。
永島 だからコラボレーションこれだけ増えるんですね
谷中 いや、もう、楽しくてしょうがない

東京はミクスチャー

谷中 東京スカをやろうと誓って。東京はもともとミクスチャーの文化の街って印象強くて。和洋折衷、換骨奪胎(かんこつだったい)、加工貿易。島国だからいろんなものを輸入します、輸入したものを加工して外へ出すのが得意な日本という国と考えると、もともとは海外で生まれてる車を日本で頑張って作って海外へ出す。それがすごい。音楽でもそういうことができると思うし。特に東京は混沌としてて。東京のスタイルをスカパラでやっていきたいというのが昔からあって。だからいろんな人と関わっていこうと。

一番しんどかったこと

永島 30年で一番しんどかったことはなんですか
谷中 一番しんどかったのはドラムの青木が亡くなったことだよね。俺にとっては完全にそうだよ。高校の時から友達で。亡くなるってわかってなかったから、なんにも言ってなかった。言い残したことがいっぱいあるような気がして。もっとあれ言っときゃよかったな、あれ相談しときゃよかったなってことがウワーって頭に浮かんできて。青木が亡くなったことはすごいピンチで。ツアーが始まる1週間前に亡くなっちゃったんだよね。ツアーどうするみたいな話し合いを、朝集まってしたの覚えてる。その時にメンバーはみんな「これで止まってる場合じゃないでしょ」って。どうやって続けるかも決まる前に「止まってちゃダメだと思う」強く言ったのはトランペットのNARGOだったかな「僕らが進まなきゃダメです」どうやって、って。そこは進むべきだなって、みんな思って。止まっちゃいけない時があるんだろうね。起き上がれないか、起き上がり方が変わるよね。そういうタイミングがあるんだろうね。だから、考える前に動くようになったのは青木が亡くなってから

クリーンヘッド・ギムラさんも青木さんも)とってもアイデアマンで。スカパラはこういうふうにしようとか、夢を語ってくれて、実現するべくみんなで集まって。その二人が亡くなっちゃった喪失感はハンパなかったけど、その人たちの思いをなんとか形にしようってところは未だにあるかな。あいつ生きてたら今なんて言うだろう、とか。常に僕らの中には亡くなったドラムの青木とクリーンヘッド・ギムラはいて、かっこいいなって思わせたい。あの2人を納得させるものにしたい気持ちは今でもあって。でも音楽はずっと続いて行くし、音楽の中ではずっと生きてるのかなって気持ちはすごい強くて。俺ね、亡くなったあとに過去形で話すのやめてたもん「ギムラこういうふうに言うよね」「青木いうよね」「言ってたよね」じゃなくて。ずっと生きてる感じ。