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【感想少々】ファミリーヒストリー 中村梅雀 父・梅之助、祖父・翫右衛門

中村翫右衛門

祖父

本名は金次郎。父は初代梅雀。5歳で初舞台を踏むが、映画の台頭で客を取られる。父子は中村歌右衛門に弟子入り。小芝居出身で世襲ではなかったので、翫右衛門はいい役を掴めなかった。20代半ば、談洲楼遠視の娘と出会い結婚。後の中村梅之助誕生。翫右衛門は村山知義の講義に影響を受け、仲間たちと雑誌「劇戦」を刊行「老いたるものは足でまとい」破門に。河原崎長十郎らと前進座を旗揚げ。舞台「歌舞伎王国」は理不尽な立場を描いた作品だが、客は入らず。給料の代わりに入場券。食べていくのもカツカツだったので、まちでぱれーどやったり、デパートのエレベーターで漫才まがいのことをやって広めようとした。昭和10年、映画「街の入墨者」キネマ旬報で評価され転機となる。以後作品は次々にヒットする。吉祥寺に前進座映画研究所ができる。
前進座は戦火を逃れた。

俊寛」上映禁止をめぐり前進座と学校が衝突。子供に開けさせ(←70年たったから時効。それは私ですという方が登場)上映にこぎつけるが、住居不法侵入で翫右衛門に逮捕状。
※警察は翫右衛門氏と間違えて別の人を逮捕しようとした、と当時のニュース
今田:逮捕された人、笑てるで「違う違う」て

前進座の歩み

北京に渡った姿が現地のニュースで流れる。昭和30年、3年半振りに帰国。住居侵入、密出国などの容疑で警察へ行くも3時間で解放。

1982年、翫右衛門はすい臓がんで死去

中村梅之助

梅之助襲名後はお父さんと呼ぶことを禁じられるなど、厳しく育てられる。戦時中、前進座は長野へ疎開。梅之助はグライダーの軍事教練を受けていた。
戦後前進座に戻り「レ・ミゼラブル」出演を観た5歳年上の山崎光子(後に梅雀の母)。曽祖父山崎景則は海軍。ルーツは佐賀藩士。大隈重信哀川翔のルーツ、福地家が近所にあった。

梅之助は光子に「アリババ」でピアノを弾いて欲しいと依頼した。
18歳の日記「僕は先生を愛してしまった。先生が24、僕が19」...光子の父は結婚に大反対。縁を切る覚悟で梅之助のもとへ。

梅雀:いや~どうしようもないっすね

父翫右衛門と比べられることが多かった。

光子さんは2019年、93歳で死去。

やはり遠金は梅之助さんだよな、と亡くなった父も祖母も言ってた。

「教えない教え」本人がいかに自覚するか、体得するか。

遠山の金さん、大河と同時間帯の放送。45分で大河が終わったら「一件落着」に間に合う。

その後大河ドラマ花神」...見てたなあ

中村梅雀

マイファースト梅雀はなんといっても大河「八大将軍吉宗」の家重。鼻水垂らした、あの衝撃よ。NHK人物録によれば「国民的人気番組の大河ドラマで障がいのある人物を演じることは、ある種、チャレンジであったと思います。でも僕は俳優として“一度は演じてみたい”と思っていた役柄でもありました。」

弟子は師匠の半分にあらず。なぞってなぞってなぞりなさい。うまくやろうとおもうな。全力を尽くせ。相手に合う息を待て。
最後に残した言葉「修行はこれからだ」

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