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【人生案内】60年愛した夫を亡くす 増田明美さんの回答「これからも散歩は続けて」

今でも大きな悔いが残る

余りにも突然で

※2019.5.10読売

私は夫が大好きで、一時も離れたくはありませんでした。
亡くなる前の日の夕方、夫は駅周辺を散歩しながら「俺の人生はつまらないものだった」とぽつりとつぶやきました。私は「いや、そんなことはなかったですよ。この60年間
私はとても幸せだったよ」と心からお礼を言いました。お父さんのおかげで何一つ不自由することなく、毎日が楽しかったのです。
まさか夫が倒れるとは思っていませんでした。私にはもったいない夫でした。
夫といつもの散歩道を歩いて「お父さん、聞こえるかい」と話しています。夢でもいいから会いたいよ...

自分の母、叔母、義母。

この三婆の共通点は夫に先立たれたこと。義夫は我々が結婚する前に事故死、叔父は3年前突然死、そして父が長い闘病の末亡くなって3ヶ月。
「夢でもいいから会いたいよ」が涙でかすんでしまって先が読めない。同い年の親戚も40代で夫を亡くしている。
母はもしかしたら老人性うつなのかもしれない。葬儀後諸々の手続きが終わってひと月が経過したあたりから、徐々に無表情になった。心ここにあらず状態である。
唯一の救いは誰もが家にこもらず散歩、外出をしていること。ただ母の場合は一緒にいてもなんだか楽しくなさそうで、時間も短くなってきている。他人には明るく元気に見えるかもしれないが、心の中は違うかも。ちなみに母と義母は1歳違い(義母はデヴィ夫人と同い年、母が年下)、叔母は母より10歳下。
きょうは別れ際に母がいつまでもぢっとこちらを見ていた。いつもはしないのに。

増田明美さんの回答

ご主人が心配してしまう

「俺の人生はつまらないものだった」と言われたようですが、自分の人生は平凡だったけど楽しかった、ということなのでしょうね。
あなたの「60年間幸せだった」と、心から出た言葉がすごく嬉しかったと思います。また、いつもあなたが幸せな顔でそばにいたのですから、ご主人にとってこれほど素晴らしい人生はありません。散歩に出かけるように天に旅立たれたのも、多くの人が望む旅立ちのように感じます。
あまりメソメソしていると、ご主人が心配してしまいますよ。(中略)
伴侶を失い残された人には、長い人生が待っていることもありますね。悲しい気持ちを共有できる、同じ体験をした人たちが集う場所に行って、思い出を語り合ったりするのもいいかもしれません。
これからも散歩を続けてくださいね。
ご主人は、いつもあなたの隣を歩いています。新緑の風になり、夏は緑の傘になって、秋も冬もあなたと一緒です

>夏は緑の傘になって
いい表現だなあ。しみじみ。
きょう、2019、5.12は母の日。