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SWITCH インタビュー達人達 長塚圭史×舟越桂 人間の想像力を信じて(抜粋)

舟越桂

妻の肖像

全身裸の女の人、普段僕の身近にあるわけじゃないし(笑)顔だけだと、この人の考えていること、性格はこうですよ、ということしか語らないような気がして。

目の前にいれば全身があって、存在感がすごく強いものがあって、そして性格があると考えると、俺が感じる人の存在感は、このぐらいまででとりあえずいい。大理石で目玉が作れるじゃないか。オヤジの余ってる大理石で(笑)人間の目玉は、他のパーツとは全く違う部分でできてる。光ってるし、瞳孔のくろさは表面で見えるけど、眼球の奥の暗いところが黒く見えてるだけだから、表面に黒はないんだ。目玉は別の作り方しないとまずいなと思いながら作り始めたら、一発目でうまくいった。僕のそばにいる時のその人の感じを彫刻に出したい。
架空の人もひっくるめて。割とリアルでありながら、例えば数十センチとか
肩を両手で捕まえられるような距離感の人物像。

長塚:居方(いかた)が違うことに僕は驚いて。途切れ方もすごい
舟越:おへその下ぐらいで切ったものを作ったとき、僕は納得したんですけれども。ある後輩がね「人と向き合って喋ったり見合ってる時に意識出来るのって、あのへんまでですよね」足のことは意識しないけどお腹の下ぐらいまでは視界に入ってて、そのへんまでが普段対話する時のイメージの持てる人体の範囲ですよね、って。うまいこと言うなあこいつ、と思ってね(笑)

長塚:まず必ずデッサン画
舟越:そうですね。必ず1枚は同じ大きさのデッサンを描きますね。納得がいくよう、細部とかに関しては変えていきます。ある程度は(試行錯誤)でも、物事をちゃんと突き詰めていくのをしないタイプなので、だいたい、よしこれで行ける、で進めていく。木彫りを彫っていくうえで決定していく。デッサンて1枚の紙の上で何かが立ち上がっていく、いい存在感を主張してくれれば、全体としていいものになっていけばこれでいいやって。完全な設計図でなくイメージ画。イメージがつかめればそれでOK

竹刀と木刀に鉛筆をつけてデッサン。

ロンドン生活

長塚圭史は2008年、ロンドン留学。
長塚:作風が変わったと、ものすごい言われまして。帰国してから。以前はストーリー性の高い作品を作ってて、確実に何を言ってるのかが全部分かるもだけではつまんなくなって。僕は割と人気劇団だったんです(笑) 帰国して公演やったら、お客さんが去ってくのが見えるぐらい。舟越さんに変化ってありました?

舟越:実際に変化はなかったけど、先生や仲間を説得するだけじゃなくて、ヨーロッパの人たちに分かってもらえる作品になってるか、納得させる状態になってるか。モデルとして写真撮らしてもらったのは3人いるんですけど、最初の一人は、僕の中では劇的。向こうのテーブルにいる男女の、男の人がすごく不思議ないい顔してて。細い顔で眉毛濃くて。立っちゃえば何か始まるだろと思って「エクスキューズミー」から始まって「あなたの顔を彫刻にしたいので、写真撮らしてもらえませんか」包み込むような笑顔で僕の話聞きながら「私でよければ」いや~かっこいいって思いながら。その人は帰ってきてから彫刻にしました。名前も住所も聞かずに帰ったので申し訳ないと思いました。未だにロンドンで無意識にその人を探しますね
   
※教会とカフェ(1988)

肯定的に人間の存在を彫刻にしたい。人間の存在を何か美しく、よきものとして彫刻にしたいというのは、昔からありますね。その人だけのものを作れば、必ず新しいものはできる。これからもできつづけるはずだ。それはある種、今の原動力になってるはずだと思いますね。

長塚圭史

坂田三吉」舞台稽古

舟越:お辞儀の長さだけでグッときちゃって。日本人のお辞儀っていいもんだな。濃密な時間を感じますよね
長塚:僕らノートって言ってるけどダメ出しとも言われる。せっかくいらっしゃったのに悪いなと
舟越:いやいや、長塚さんの、誰かの一言の、喋り方の出し方は、うわ、すっげーと。「理由のない時間になってしまう」とはどういう感じで出てくる言葉なんですか?

※新聞記者が坂田三吉のことを、駅長から聞き出そうとするシーン。

長塚:ただこの距離を走るってのはほとんど意味がない。ワンシーンワンシーンで、自分で意思を持っていられるかがすごく大事
その人物が背景を背負う。その人がここにいるという思いが、畳を作る。

舟越:僕も父親が彫刻家でしたけれども、長塚さんもお父様が俳優さんで。そのへんで思うことは何かありますか?
長塚:映画とか見る機会多いし、劇場に行くこともあるし、出来るかできないかわからないけど、何となくその中にどっかで入るんだろうなとかやっぱり思ってた。特に僕は空想することばっかり好きで、家でずっと人形遊びばかりしてた。中学になると人形遊びやんないじゃないですか。かなり抜けられないので、母親が心配してた。紙に名前書いたり、動かしたりして遊んでた。
舟越:紙一つひとつは、人なんですか?
長塚:だいたい人ですね
舟越:それって演出って言うんじゃないですか
長塚:そうですね。いろんな人物を置いて1時間でも2時間でも小さい自動車がひとつあれば、旅するところがいっぱいだと思える。なんか小さいドラマがいっぱいあるんでしょうね。車置いて眺めて。子供の頃ずっと遊んでた。
舟越:面白いですね。部外者から見ると、お芝居とか演出とか。
長塚:もしそうじゃなかったら僕どうなってたんでしょう?(笑)心配ですね