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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

しくじり先生 村主章枝 フィギュアスケートにかかるお金 人生の引き際 

トップフィギュアスケーターの年間活動費約2千万

内訳

■靴・ブレード(刃のこと。別売り)30万円~■リンク貸切代 480万円~ 
■個人レッスン代390万円~ ■トレーニング代 72万円~
■振り付け代 100万円~  ■衣装代 45万円~
■練習着、小物 60万円~ ■海外合宿費 240万円~
■その他治療費・修理費 30万円~ ■国内大会・国際大会費用800万円~ 

曲掛けはだいたい一人が4~5分。ひとつの練習が45分間。
10人以上になってくると1回も曲がかからない。
試合でやらなければならない曲掛けが、1回の練習で1回もかからない状況が
生まれてしまって、そうなるとやはり一人での貸切を取らないといけない。
だいたい1回の使用料が3~5万。365日になってくると....

女子フィギュア、主な選手の引退年齢

八木沼純子21歳
村上佳菜子22歳 
伊藤みどり22歳
荒川静香24歳 ・安藤美姫26歳 ・浅田真央26歳
村主章枝 33歳

なぜこんなしくじりを侵したか。かたくなに現役を引退しなかったから。
意地になって現役をずっと続けているアスリートの方がたくさんいる
私も意地になって続けていた

94年リレハンメル五輪以降 金メダル取得年齢

・タラ・リビンスキー15歳 
オクサナ・バイウル16歳
サラ・ヒューズ16歳 
・アテリナ・ソトニコワ17歳
キム・ヨナ19歳
荒川静香24歳

トリノ五輪後に引退しなかった

幼少期~16歳

父はパイロット、母はCA。父の仕事の関係で3~5歳までアラスカに住んでいた。
当時一緒だったのが劇団ひとり
遊びの一環として凍った沼でスケートをやっていた。
日本に帰国したとき、アラスカでの思い出を忘れないようにと
母がフィギュアスケートを習わせた。

ローリー・ニコル荒川静香

16歳で日本選手権優勝後、世界的振付師のローリー・ニコルに出会う
振付師は選曲をしたり曲の編集やプログラムの中の構成も考えたりする。
私は振付師を目指してやっていたが、ローリー・ニコルさんとの出会いが変えた。
私と同期のミシェル・クワンさんがある年にガラっと変わった
少女から女性のスケーターに変わったのは、ローリー・ニコルさんの振り付けに変わったから。自分もそうなりたいと直電した。それが96年。このまま順調に行けば、98年の
長野五輪で日本代表として出れるんじゃないかと期待されていたが、2位の荒川静香が長らくライバルとして争うことになった
当時長野五輪の代表は1枠しかなかった。97年の全日本選手権は代表選考を兼ねた大会だったのだが
1位が荒川静香、2位が村主章枝だったため出場できず。

遠征費を工面しながら母は叫んだ
「こんなにお金がかかるなんて聞いてないわよ!」

両親はスポーツをしていなかったので、こんなにかかるとは予想してなかった

ソルトレイクシティ五輪では5位。力を出し切ってのこと。メダルの重みを感じるように。
当時20歳。ここが引退のタイミングだったのかな。やめられるわけありません。
母は「やめてほしい」父も母もフィギュアを職業にするとは思ってなかっただろう。
2005年全日本選手権大会、25歳で1位(2位は浅田真央

トリノ五輪

ミスはなかったのに4位。一体何が足りなかったんだろう。
記者に言葉を言わなければならなかったのだが、何も覚えていない
帰国して家族会議があってもただ泣いていた。
苦しかったのが試合後のドーピング検査。
1~4位を同部屋に集めて実施。優勝候補と言われていた2位3位の選手が大失敗をして大泣き。
ここでも引退する気はなく、スポンサーに支えられて8年間続けた。

ここからが本当の地獄

浅田真央ら次世代の台頭

体力の回復が遅くなる。2~3日ずっと筋肉痛のまんま。
ベテランは経験が武器になるというけれど、一切、武器にならない
20歳の時には計算があってるけど、30過ぎると経験が邪魔をするので
その時々にアドバイスをくれる先生の存在がだいじ。

バンクーバー五輪後も引退せず続行
アラサーの私が活動していくのは大変だが、アラサーの星になりたい。
私のもとを離れていく人が多かったが、ローリー・ニコル
「作品にこだわってやってたのに、この出来で辞めるのは不甲斐ない」と。
これでやめたらいけないんだなという気持ちがあって、終わるに終われない状況だった。
成績が下降線をたどっている選手を取り巻く状況は厳しく、スポンサーは撤退。無収入生活に。
体のケアができない、リンクも借りられない、衣装の生地は使い回し

トリノ五輪の生地を翌年の中国GPでリサイクル

父の退職金や母親の老後の貯金を使ってしまいました。
もう自分で何とかしなさい、お金はないわよとも言われ口論に。
選手は自分より一回り以上年下の10代。

地方大会からのスタートに耐えられなかったら引退していたと思う。
そこには従わないといけないから。
東日本選手権は8位。次の五輪を目指せば37歳だが、まだやめないことに。

ローリー・ニコルからの誘いと妹の一言

「振り付けの仕事を手伝ってくれない?」
現役選手は振り付けができない。迷っていたら
妹がひとこと
「有終の美を飾って終わっていく選手は本当にひとにぎり。殆どは志半ばなんだけど
それがあるから次に進んでいけるんだよ」と。
競技を続けたい気持ちはどこかにあったんだけど
ローリー・ニコルさんに出会って振付師の仕事に魅了されていたので
今ここで次のステージに移ってもいいかなと思い始め、34歳で引退を決めた。

生活の拠点をカナダに

本格的に振付師を目指すため、ゼロから勉強したい。
環境が整っているので、子供たちを教えるインストラクターとして。
選手を連れて行ける資格まではとった。

(26歳からの)8年間がなかったらお金のありがたみがわからなかった。
運命で決められていて、苦しみを学ぶために続けさせられていた。
苦しいから流されてしまうんですが
引き際は、運命で決められていると思う
与えられた使命や課題を一生懸命やるのがスケート人生で学んだこと。
東日本選手権が最後の試合になると思っていなかったので、両親を呼べなかったのが心残り。

追記 2018.2.2

後半の錦野旦、スターにしきのをやっと見た。
にしきのあきら名義時代に大麻で捕まったの、記憶にある世代が減ってるんだ。
この3日後に大竹まことの娘が大麻で逮捕なのタイムリーすぎる。
ただ、基本的に大学卒業して社会に出たら、親が謝罪会見を開く必要性ってないよな。
もう自己責任だろ。