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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

【メモ】久米書店 人間にとって健康とは何か 精神科医 斎藤環

読書

WHO憲章による健康の定義

健康とは身体的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり
単に病気あるいは虚弱でないことではない、

人間にとって健康とは何か

久米:この本を読んで「健康とは何か」を考えると非常に難しくて
斎藤:WHOは昔から「心身共にスピリチュアルにも満たされた状態である」と
   定義を作ってるわけなんですけども。
   だけども、満たされてる状態が何かわからないわけですよ。
   どういう状態が満たされてる状態なのかを細かく分析し始めてるんですね。
久米:自分が健康かどうか判断する基準がですね、先ほど読んだWHOのですと
壇蜜:確固たるものがない
斎藤:最近はメタボリックシンドロームみたいに
   「病んではないけどやばいですよ」という判断が出てきて、
   完璧に健康な人なんて誰もいなくなってきてる。
久米:画期的な指針だったんですね
斎藤:(医療は)すごく儲かりました
久米:えっ?
斎藤:健康に生きてる人でも「あなたメタボですよ」と言われたら
   「こりゃヤバイからマメに人間ドック受けよう」とかですね、
   病院行く口実になりますよね。

壇蜜:シンドロームは「症候群」ですから、まだ病気では・・
斎藤:病気なんですけど、病気かそうでないかのラインを
   かなり曖昧にしちゃったとこはあるんですね。
久米:メタボリックシンドロームは医療界の罠だったんですか?
斎藤:罠というと言い過ぎですけど
   「生活習慣病予防には早めに手を打って」と言えますから。
   あれを言われちゃうと、かなりの中高年は該当することがありうる。
   本来昔だったら、医療を受けなくて済んだ人が受けるわけですから、
   要医療の対象者になりうる概念ではありますね。

人類みなビョーキ

久米:精神科医の斎藤さんがお書きになった文章ですから
   

私は精神科医として、これまで十分には「健康」について考えてこなかった。
それどころか、むしろ「健康」の存在を積極的に疑ってきた。
・・ジャック・ラカンの「教え」において、すべての人間が
神経症的存在であるとされてきたためもある。
簡単にいえば、多かれ少なかれ人類みなビョーキ、という考え方だ。
  

ラカンの精神分析 (講談社現代新書)

ラカンの精神分析 (講談社現代新書)

斎藤:人類は言葉を獲得した瞬間に病気になったんですね。
    例えば、猫はしゃべらないですね。猫好きの人には違うかもしれませんね。
    私も猫好きです。猫は基本的にあまり自意識過剰になったりしない。
    自分の存在についてあまり考えたりはしない。
久米:聞いた事ないからわからないですけども(笑)
斎藤:「自意識のあり方は言葉による」と、ラカンは考えるわけですね
   言葉があるから考えるんですけど、あるために自分というものを
   ぐるぐる考える悪循環は、多かれ少なかれあるはずなので
   それでくよくよしたり、内省過剰になっちゃう。一応神経上の構造なんですよ。
   みな潜在的予備軍であるという言い方をラカンはするわけですが 、
   極論だと思いますよ私も。 

久米:ただ「病気」って言葉がなかったら、相当楽ですよね(笑)
斎藤:それはそうかもしれませんね。
久米:なかったとしたら、救われるところがある。
斎藤:病気だと疑うところから病気が始まるという、厄介な部分もある
「病は気から」ことわざどおり、言葉や自意識が生み出す病気もあるわけですね。

健康へのアプローチ

久米:どういうふうにすればいいですか?
斎藤:「すべて病気」という考え方は、いい状態についてイメージしにくくなりますので
久米:人類みなビョーキ、と言っちゃうと身も蓋もなくなっちゃう
斎藤:主観的なものを大事にしていきましょうよと。
   つまり客観的なデータとかに基づいて健康を図っていたわけですけど
   その人が主観的に幸せかどうか、くよくよしてないかをもう少しちゃんと評価して
   健康度が高いか低いかそちらの軸で評価していきましょうと。
久米:主観的ったって、本人にとっては主観しかないわけですから
斎藤:そうですそうです
   「痛み」って感情は、実は根拠がないんです。
   痛みは客観的に実証できない感覚なんですよ。本当に痛くても痛くなくても、
   「お前痛くないはずだ」とは言えない感覚なんですよ。
   痛いって言ってる以上痛いんですよ。

久米:困りますね 
壇蜜:本人にしか分からない感覚ですね
斎藤:頭痛なんてホント、典型みたいなもんですよね
   頭痛は脳画像撮ってもわかりませんから。脳に異常があるレベルなんて命が危ない。
   殆どCT、MRI撮ってもわかんない。
久米:主観をもとにして健康を考えよう、という流れになってきてるけど
   アプローチが難しい。

SOCとレジリエンス

斎藤:だから、絶対的な健康は存在しないことになってしまいますので、
   健康の度合いみたいな、これから新しいものを考えていかなくてはいけない。
   いろんな物差しが乱立する状況で、測定は難しいという困った状況。
   本で紹介してるのはSOC。(センスオブコヒーレンス=首尾一貫感覚)

久米:専門用語使わないでいこうと思ったんですが(笑)
   コヒーレンスとはここにあるコーヒーとは関係ない(笑)
斎藤:またまたそんな(笑)首尾一貫感覚といってですね
   おんなじ状態が続いてるかどうか、なんですね。
   自分の人生が何かの意味を持って、
   操作可能なものとして首尾一貫してるかどうか。

   そういう感覚が持てる人は健康である可能性が高い。
久米:もう一つこの本で「レジリエンス(ストレスを成長に変える力)
   あったらいいですね。
斎藤:極論かもしれませんが、成長ってストレスを消化した過程とも言えるんです
   みなさん多かれ少なかれ持ってると思うんですが、高低があって、
   高い人はアウシュビッツの様な環境でもバネにして成功する人もいれば、
   そこで病んでしまう人もいる違いもある。
   レジリエンスが低いと、ボロボロになってしまう。
   それこそ引きこもってしまって慢性疾患を抱えて身動きが取れなくなり、
   結局福祉のお世話になって生き延びるしかない状況の人もいるわけです。
   高い人は経験をバネに手記を書いたり、大変な成功者になる人もいる。
   極端に分かれる感じはありますね
久米:レジリエンスを自分の中で培って、大きくしたりすることはできますか?
斎藤:一応できるとされています。SOCは30代までに規定されると言われてますが
   生涯成熟すると言われてます。

幸福の才能

久米:幸福と健康は深く結びついてるんですって?
斎藤:健康も幸福も主観です。高い幸福度を達成できれば、かなり健康に
   確実に寄与するだろう。
久米:健康も難しいですけど、幸福ってもっと難しくないですか?
斎藤:難しいものです(笑)
久米:ハードルを下げれば、かなり幸福になる気もするのですが
   上げた途端「そう簡単に人間は幸福になれない」と思う
壇蜜:自分が幸福になった時に、
   その幸せが誰かに行くんではないかと考えたりするんです
斎藤:おー、なるほど(笑)
   幸福や健康の才能の中に、実は「鈍感さ」がありまして
   考えない方が幸福になりやすい、というのはあると思う(笑)

久米:聞き捨てならない。健康の才能ってあるんですか
斎藤:ものの信じやすさって、結構大事だったりするんですよ。
久米:幸福と健康は結びついてるってことなんですね
斎藤:ただ「幸福な人が健康とは限らない」わけでして
壇蜜:どっちもつかみどころがなくなってきましたね
久米:せめて幸福だけでも、努力すれば手に入れられるのか
   健康は難しいからさ(笑)禁煙とかさ
斎藤:セリグマンて人が一生懸命やってる「ポジティブ心理学
   こんな手順を踏めば誰でも幸せになりますよ、という発見。

PERMA
P=ポジティブ感情
E=エンゲージメント。夢中になることを見つける
R=リレーションシップ。関係性。人のために何かをする。感謝する。
M=Meaning 意味、意義。自分がやってることに意味があると感じられる
A=アチーブメント。達成。意味あることを成し遂げる。
  小さめの目標を達成するのは誰にもできる

オプティミストはなぜ成功するか

オプティミストはなぜ成功するか

結局、自著についてわかりにくい解説になってしまった感。
難しい表現もあるのでページ数の割に、時間がかかる。
人間にとって健康とは何か (PHP新書)

人間にとって健康とは何か (PHP新書)

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