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SWITCHインタビュー達人達 宮崎駿×半藤一利(抜粋)

風立ちぬ

歴史を教えようという考えは捨てた。歴史の中でその時々に精いっぱい生きた人間がいたことを伝えたい。福島原発が爆発した後、風がゴオオと吹いた。絵コンテに行き悩みながら上の部屋で寝っ転がってると、後ろの大きな木とか、ほんとにゴオオとうなりながら揺れてまして。
風立ちぬ」(を思いついた)。


半藤 宮崎さんが飛行機に詳しいということは聞いていた。私は軍艦の方が詳しいですね.。「となりのトトロ」って何者なんですかね

いま 昭和に向き合う意味

アトリエ「二馬力」にて。

これからの宮崎さん 大変じゃないか。
子どもの世界からポンと抜けだした

この先はもうないんじゃないかと・・・

宮崎 ファンタジーは今ものすごく作りにくい。
半藤 これやっぱり、3.11の後、というふうな...

宮崎 あの映画(風立ちぬ)を企画してやってる最中に3.11が。絵を描いて、こういうものを作ろうとした時にちょうど震災が来ましてね。あれはほんと、どうしようかと思ったんですよ。パニック映画として作ったわけじゃないので、このまま作ろうと。

半藤 関東大震災の惨憺たる日本から始めたのは、なかなかやっぱり入り方としてはすごいと思いましたよ
宮崎 昭和を描くには関東大震災から始めないとだめなんじゃないか

半藤 監督は、はじめて自分の映画を見て涙ぐまれたと言う噂が。
宮崎 本当に。泣いちゃいました。遅れてきた軍国少年ですから。涙出てきた。

昭和史をお書きになろうとしたと思うんですよ。

とにかく、軍隊の行進とかを出して、戦火が広まる、不憫でならない。この時代だと、こういうものを作らないといけないんじゃないか。
自分の作りたいものを作ろうとは思っていない。子どもは今わからなくてもわかるときが来るかもしれません。そうかもしれないと思いまして。本当はファンタジーが一番いいんだけれども

1回見たのは零戦の風防だけです。物置の土間に。なんだかわからなかったんだけれど。置くとこなかったんでしょうね。ふたつ新品で色もぬってないぴかぴかのやつ。大人になってから「あ、あれ、零戦の風坊だったんだ」戦争前の世界を想像できなかった。こんなバカな戦争やって、一家全滅させて日本の兵隊餓死したり、餓死寸前だったり。ホントに屈辱的だった。

自分の親父ですね。世界がいろいろ動いているのに何も関心を持っていない。僕の親父は戦争に負けた途端平気で米兵と友達になって家に連れてきた。僕は4歳だったはずなんですけど、日の丸がついた飛行機を隠し持ってた。

柴田武雄少佐は スピードと航続距離、源田実少佐は格闘戦性能を追求すべきだと主張し対立。堀越は「せめて性能の優先順位を付けてほしい」と訴えたが結論は出ず。体当たり攻撃に使用されたのは2400機余り。堀越は「日本の軍部とそれと結ぶ政治家は(中略)武力に訴えるところまで短気を起こしたことが、戦争の起因ではなかったか」と書き残す。

宮崎:堀越二郎さんは正体がつかめない。奥歯に物が挟まってたり、本当のことを言う気がない人だな。ただ、堀越二郎を描かないとこの国の恐ろしさは出てこない。親父が生きた昭和を描かなければ。

半藤:航空技術省はしょうがないので両方の言い分を取り入れて、堀越さんに「これ作れ」渡したって話。源田さんにも柴田さんにも戦後会ってるんですよ。両方譲らない。「あいつのせいでこの国を滅ぼした」と言ってきかない。
宮崎:堀越さんは戦闘機でなく飛行機を作りたかった人。一番優秀な人は戦闘機に当たるんですよね。零戦は描きたくなかった。難しい。微妙なところに不思議な放物線が使ってある。美学がある。違いはわかるけど、まねできない。本当に微妙。

半藤:絵的に繊細に作り過ぎる日本の飛行機。日本は飛行機に対し、軍も国家も意識していないんですよ。飛行機が次の戦争の主役になることを予言した人は誰もいない。わかりやすいのは、零戦、完成した飛行機を牛車で運ぶシーンは象徴的。**各務原まで不便で遠くてっての分かるのに、まだ牛車で運ぶ。石炭から石油になると予想した者は少数。海軍なんて頭の固い奴ばかりですから、依然として石炭なんですよ。山本五十六は異端児じゃないですか。エネルギーを日本人は意識していない。昭和史の中でエネルギーの大転換があった。石炭が石油になったのを日本人は全く知らずに来たんですね。今も同じ。大転換ができない。そういう意味では堀越さんは一種異端な仕事をした。
宮崎さんはすごい堀辰雄さんのファンだと。
宮崎:喪失した時代を持ってないとあの本は読めない。(茨木のり子などを読んで)無念の思いを抱いた人たちが(堀辰雄を)読んだのではないか

声にこだわる理由

なぜ庵野秀明なのか

半藤 堀越さん、あの声優の方は素人ですか?
庵野 72をすぎて、ようやく宮崎さんがちょっと大人になった作品

宮崎 堀越二郎はよくしゃべる人間じゃない。存在感が大事。演技してもらうよりぼそっとしゃべる方がいいから、庵野がいいと。現代ギリギリのところに生きている感じがした。この人は芸達者だとか言われる人には納得できず、プロデューサーと僕が同時に「庵野がいい」スタッフは「えええ~」って感じだった。

半藤 アタシの声なんか、使えますか。
宮崎 使えます。私生活で存在感のある人は。

宮崎 僕はこのごろ、親父は自分の好きな親父だと。戦争は灰色だったと思うけど、親父は「いやあ、いい時代だった」
半藤 庶民は実にいい時代を謳歌した。
宮崎 終戦の年に親父は28ですから。家増築して、戦争が終わった。家族は大事にしても国家は大事にしない。いい親爺だった。どうしても父親のほうが描きやすいんです
半藤 「この戦争は負けるそ。お前の人生も短いなあ」なにいってんだこのじじい、と思った

半藤さんって83歳でしょ。うちの父親よりちょっと上。この世代の人の物の考え方は時に共感できる。(ことがある)。

げっ、2階のアトリエにはユキちゃん(ハイジな)のぬいぐるみ。

後半は「となりのトトロ

半藤 トトロ、ありゃあなんですか

宮崎 くるしまぎれ。お化けを描かなきゃいけなくなったんですよ。見たら毛がいっぱい生えてる。爪が長い。全体描くのに困った。耳があったほうがいい、ぼよんと大きくて。肩は毛に埋もれてんだとかいい加減に言って。自分の体験が下敷きになってる。僕の母はカリエスになって長く寝てた。小学3年生ぐらいの時に腰が痛くなり、入退院を繰り返した。いつ治ったのか、起きられるようになったけど、歩けるようになったのは最期のほう。(サツキの母は長く入院している設定だった)しょっちゅうマザコンと言われてるけど、友達にファザコンもいますし。

半藤 病床のお母さんに対する優しさが出てるんですよ

戦後文化人の言うことがコロコロ変わったことに怒っている。人的資源がやせ細っている。まず人数が足りない。そうじゃないところに頭角を現していると思いたい。子どもたちの数が減ってます。アニメは一定の子どもの数がいて成り立つから。これからダメになるだろう。いまは70の人まで映画館にアニメ観にやってくるから救われてるけど。1つのジャンルが盛んになって終わりを迎えるまでだいたい50年。アニメーションも終わりが来る。通産省が日本のアニメはどうだなんて、バかだと思う。堀越二郎は最後まで力を尽くした。負け戦の時は負け戦の中で一生懸命闘うしかない

半藤 この国はそういう意味では遅れた国。だいたい40年周期で滅びる。30年もたてば国境、国家がなくなるんじゃないか
宮崎 子どもたちに「君たちの将来は真っ暗だ」と言いたくない

2021.1.12 半藤一利さん死去。90歳

世界史のなかの昭和史

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