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別館.net.amigo

メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

サワコの朝 大江千里 ジャズピアニスト REAL 十人十色の話

サワコの朝 音楽

拠点はブルックリン

近況

53丁目にある日系のジャズクラブで。
ちょっとずついろんな人が声かけてくれたり。
アトランタジャズフェスティバルのオープニングをやることに。7千人のところ。

生い立ち

3歳でピアノを習い始めて。バッハとか、そういうの弾いてて
でも若い先生で、僕の作曲する楽しそうな顔を見つけてくれて
「はいっ!バッハの練習終わり!今日は、じゃ、スイカ!」
「スイカ♪スイカ♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦」「わぁうま~い!」
4歳ぐらいの時。「あじさい」「お誕生日」ってお題をもらって作ると
先生がお客さんになってくれて「わ~!!才能ある(拍手)」
どんどん盛り上がって。
僕が作曲家になりたいとかピアニストになりたいとか言うようになって、
結局思春期の時にギルバート・オサリヴァン聴いたりカーペンターズ聴いたり
その時もジャズピアノやってたけど、ちょっと難しくて。
デビューの知らせがすぐ来たもんで。
心の奥底にずぅっと、ジャズいつかやりたいなという思いがあって。
でも45とか6になってくると、ポップスも曲がり角じゃないですか。
自分が胸キュンで書き始めたのは18歳に集約されるから

「胸の林檎むいて」(←太陽がいっぱい光GENJI)じゃないけど
キュンとするフレーズ、泣いてるみたいに笑う、とかね
焼き直しみたいになっちゃう。
僕が40越えて新しいラブソング書こうとすると「3回目の離婚調停」
そういうの歌詞にならない(笑)「腰の痛さと気持ちのイタさ♪」(笑)

記憶の中で今もきらめく曲

雨のケンネル通り/EPO

EPO 雨のケンネル通り - YouTube
僕と同い年でもこうやって。
音楽好きだからやっていきたいという気持ちはあったけど
オヤジが読売新聞(記者)で順当に読売旅行とか入れるからどうか、って話もあって(笑)
プロになれるなんてのは雲をつかむような話。
でもどっかでやりたいなあと思ってたら
こんなことを音楽で出来るんだ、僕にもできると思った。
後にEPOと友達になって、自由が丘で二人でデートするときに改札をくぐりながら
「改札をくぐるようなシチュエイションの歌を書いたんだよ。
 十人十色 君を選んだこと後悔させない♪どう?」って聞いたら
「いいねぇ」言ってくれて。
「歌にしようかな」「絶対したほうがいいよ!キュンとくるから!」
やったぁ!と思ってできた。

REAL

オーディション受かってプチセブンのグラビアに出たり、青山の交差点ジャンプしたりしましたよ。
(可愛いっていうのは)演出。生まれた時から関西のおばちゃんでしたね。
だけどやっぱり歌のイメージもあるし、自分が考えてたポップスの美意識っていうか。
神戸の大学に行って、先輩の車で芦屋あたりを降りていって
海岸沿いでナウいことしようみたいな

大江千里 REAL - YouTube

最初についた振り付け、未だに覚えてるけど、
(実際に足回して踊って見せて)それできないじゃん(笑)
てるかじゃないよテレカだよ、それ歌えません、で、あの飛んでる振り付けに。

阿川:「僕って人気者?」みたいな

そうですね、常に不安というか、時代がもっともっと先へっていうのがあったので
とにかく30歳までは走ろうという感じ。
1曲できなかったですね。忙しくて。だから逃げ回ってて。
レコーディングで歌詞ができないから自転車で逃げ回ってたら
「鳥小屋」って焼き鳥屋に、アレンジャーの清水信之さんと
松たか子さんと結婚した佐橋くん、二人で待ってて
俺が知らずにまんまと自転車で前通りかかって「千里!」(笑)
飲もうや、2時間3時間やろうや、それで(歌詞が)できた。

47歳でニューヨーク

そんな簡単に辞めちゃっていいの?行くしかない

阿川:私の弟だったらね
  「ちょっと待って千里。まだ若いけど、ジャズを本場のニューヨークで勉強するのは
   そのあと、それ仕事につなげるのキツくない?」

プロデューサーにそう言われたんですよ
「47歳でオリンピックで金メダル目指すようなことは、まず不可能」
そんなことはない、って行ったオリエンテーション
1日目でブルースをやれと。
クラス分けのレベル分けをするので、伴奏のタイミングの仕方でCクラスかDクラスか。
音1個出しただけで分かる。
僕が降りてった途端にみんなサーっと逃げてった。
3年目で見直してくれたけど、2年目までは。冬のニューヨーク、しばれるじゃないですか。
コーヒー買って「あちあちあち!」学校の前まで行って「よしっ」気合入れて。
自分の居場所がなくて。

ジャズとポップスの違いを弾き分ける。

先生が、ポップス目線は要らない、あと、膝を揺らしなさいと。
18歳の同級生の指使いを盗んだ。

ある時黒人の配達員がノってくれて。
必ずやれば身に付く、恥ずかしがってちゃダメなんだと。
あみんの「待つわ」、自分の曲「JUST A Little Wine」 を弾く。

帰る道がない。日本の住民票もないし、退路を断ってる。もう勉強するしかない。
自分の最後のチャンスだったし、来てよかったなと思った。
いくつからでも自分で選ぶっていうか、
このグラスを選ぶ、美味しいお酒を飲むと決めたら自分の責任ですから。
失敗しても、それを選んで失敗してるから。
泣いても笑っても死ぬわけですから。
悲しいことがあってもヘラヘラ笑って。
この歳だからできると思うんですよね。
20歳の時に、20歳だからできるとは考えない。
若さがどんなに素晴らしいかって、20歳の時はわかってなくて。
2回目の青春だからこそ、勉強したことによって思想が増えてる。
もっとできるという感覚なんです。

いま心に響く曲

SOUND OF LOVE/Duke Ellington

ジャズの先生に教えられた曲。僕のバイブル。
Charles Mingus "Duke Ellington's Sound of Love" (1974) - YouTube

落語と似てて、時間かけてこっちそれたりあっちそれたりするんだけど
必ずホームに戻ってくる。
歌うのも踊るのも好きで、1回目の人生でやってるから
もうそれはやらない。自分なりに燃焼したという思い。
ジャズをやりたかったんで、両方はできない。

Sloppy JoeI&II

Sloppy JoeI&II

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