後編
振付
サザン・ウインドと禁区は、振付の方が一部いらっしゃった。あとは、ほとんど自分。十戒とか、TANGO NOIR歌い出した頃のテレビを観てるとよく分かる。出来上がってない振りと、歌い込んで出来上がった振り、全然違うから(笑)自分で「動かなきゃ」と思いながら作ってる。最初は全然できてない。踊らなくていいものは踊らない。この曲は踊らなきゃダメ、って思うと、とにかく動かさなきゃ、って。TATTOOも誰も何も見本を見せてくれない、でもとにかく動かなきゃ、イントロ長いし間奏あるし、そういうところからの発想。
振付師さんにお願いした曲だと、詞が飛んじゃう。
バレエをやっていたからか、振付に専念すると、それだけに頭がいっちゃう。メロディーで動くことしか頭になくなっちゃう。「歌いながらの振りは勘弁してください、歌わないイントロだけにしてください」
流し目は照れ。
聴いていた洋楽
マイケル・ジャクソン、ドナ・サマー、アースウインド&ファイアー。基本的にブラックミュージック、ソウル系が好き。裏でリズムをとる感じ。ラップ系はついていけない。何言ってるか分からない、歌えない
デビュー当時はワーナー・パイオニアにお世話になってて、洋楽に力を入れていらっしゃった感じ。毎月ビルボードをテープにして渡されて、聴きなさいと言われていた。私を担当するディレクターも、洋楽を聴いている方が多かった。ちょうどアイドル全盛期。人と違う路線で行かないと。とてもかわいらしい方が多かった。ボイストレーニングを受けていた先生も「お前は顔では絶対太刀打ちできない、歌で勝負するしかない、小泉今日子、松本伊代みたいなかわいい路線では絶対無理。歌で勝負するしかないから覚悟しろ」それはワーナーさんも思っていた「歌で違ったイメージで」第一に考えていた
ごめんと、すきと
お仕事を少し離れたりで、疎遠になってしまうスタッフだったり、仲が良かった友だちが多々いた。ファンの人にも当てはまりますが「本当に申し訳ない」「ごめんね、だけど大好きだから」その気持ちを歌って表現して伝えたいということでこういう歌を作らせていただきました。最初に書いたのが「だいすき」「ほんとうにごめんね」それが1番伝えたい気持ち
同世代のライバル
アイドルという名目でデビューさせていただいたんですけど、小さい頃から洋楽やニューミュージックを聴いてたせいか、アイドルというレッテルにこだわりというか、枠にとらわれることが無かった。アイドルとしていなくちゃならない、がなかったので、ライバル視をすることが無かった。
松田聖子への思い
レコード店が開店する前に待ってて、シャッターが上がって1番で買わないと気が済まなかった。「聖子さんのシングル、まだ誰も買ってませんよね?」「そうです、1枚目ですよ」「ください!!」デビュー曲から買って、全部のアルバム、シングル持ってました。本当に大ファン。
初めて楽屋でご一緒させていただいた時、楽屋に入れませんでした。聖子さんの靴が楽屋の入り口に置かれてるのを見た瞬間に、立ちすくみましたから。一度お休みして、聖子さんとお会いできなかった。久しぶりに「ザ・ベストテン」でご一緒した時「久しぶりね」聖子さんの方からハグをしてくださった。驚いちゃって涙が止まらなかった。「元気だった?大丈夫?」っておっしゃってくださって。「元気です、ありがとうございます。」
小泉今日子について
今日子ちゃんはとても賢くて、すごく大人だったんですね。アイドルとくくられた子たちが、手つないでみんなでトイレ行く。学校の遠足、休み時間みたいな楽屋風景にも溶け込むし、私みたいにちょっと孤立して暗い所にも「アンタさ、暗いよ」声をスコンってかけてくれる。臨機応変。さっぱりしてて、すごく清々しい。大人だし、尊敬する一人。ああいう人になりたいなと思いました。
一番うれしかったこと
たくさんありすぎて。今日子ちゃんにも出会えたり、聖子さんにもハグしていただいたり。嬉しかったのは出逢いですかね。歌手として何かを成し遂げたことよりも、素晴らしいスタッフに出会えた。人材。大先輩の方からお声をかけていただいたり。巡り合わせが一番宝物。
アイドルとは
日頃みんな一生懸命元気を出そうって努力されてる。笑顔を見せようと努力をして。
努力をしないで笑顔にできる存在が、アイドルのお仕事というか、役目と思います
いてくれるだけでいい
あなたがそこにいてくれさえすれば
私は、明日でも明後日でも1か月先でも1年先でも
明るく笑顔でいられるって、思わせてあげられるのがアイドル。
前編
米津玄師大好き
最近で言うと、米津玄師さんが大好き。車移動の時に聴いている。(好きな曲は)どれって言えない。声を聴けるだけで幸せな気分になるので、どの曲もアルバムから何から全部好き
スローモーション/少女A セルフプロデュース
全部私が決めました。
少女Aの歌が来た時から、たくさんの曲を集めてくださってた。その中からある程度セレクトして、仮歌を歌うんですけど、その中からシングル候補を5,6曲に絞って、本番で歌ってみて「これが一番輝いてるからシングルだね」決めていく
少女Aが大嫌いだった。
スローモーションは大好きだった。デビュー曲だったので、30曲ぐらいの中で決めて、通ってた中学に出向きまして、仮歌を歌ったものを持って行って、担任の先生にお願いして「クラスで、この曲でどれが好きか投票をしてほしい」その時はアルバムに行ってしまった「Tシャツ・サンセット」(※1st「プロローグ(序章)」収録)が1位で「スローモーション」は3位だったんですが、新曲はレコード会社、スタッフ、事務所で「スローモーション」に決まった。かわいいアイドル全盛なのに、セーラー服の寸胴のストンとしたワンピース。ウエストも何もない衣装で、フリフリのかわいいやつと全然違う。
次は絶対に「今日子ちゃんたちみたいなかわいい衣装で」
少女Aが来た時に「なんで私がこんな曲⁉」じれったいじれったい、17じゃない!16!(笑)
ジャケット撮影はサイパン。39℃あって砂浜で撮影。真っ白の砂浜なので照り返しがすごい。目を開けるだけでも大変。レフ版6枚置かれて、カメラに向かって「笑え」
「お前やってみろよ」と思った。
まず目も開かない。笑うなんてできるわけないだろう、必死に目を開けようと思ったら開けるのが精いっぱい。
DESIRE 衣装
中森明菜像が出来上がってきていた。極端なことをしてみたい。洋ものを和風に持っていく逆転発想。激しい歌に対し、おしとやかな着物でジャケットを撮る。歌を歌うに対しても、衣装は着物を主体にした衣装を。髪型はアップまでいかない。着物だとアップがよいけど、歌にはアップじゃない。じゃあ、スパンとおかっぱはどう?おかっぱの頭でお着物。日本人形みたいな感じ。DESIREはそういう形で選んだ。
デザイナーの人もびっくりしていた。
「着物を洋風のドレスみたいに作ってほしい」
「着物?着物をドレス?衣装ですか?」
「着物を着物風に着ないで、ルーズな感じで踊りますから」
いろんなデッサン描いてくださって、選んだのが最初の衣装。
TATTOO
私ミニスカートなんて絶対履きたくないんです
TATTOOは聴いた瞬間に「これは絶対ミニスカート」
マイクスタンド、60年代のアップの頭で歌う...パッと出てきちゃう。
プロデューサー、ディレクターじゃないけど、対私じゃなく、相手方になって物事を言っちゃう。
絶対ミニスカート、超ミニでマイクスタンドで歌わなきゃダメ。
自分を通すのも範囲がある、すごく学んだ
できるだけ、ご立派な方に作詞作曲を頼むのは、控えていただきたいとお伝えしていた。
立派な方は世界観を絶対に持っている。その世界を私が壊してしまうんじゃないかって気持ちがあって。
「明菜さんに合う」と書いてくれても「私が思うように歌ってくれなかった、表現してくれなかった」と思われたらどうしようという気持ちの方が先に勝ってしまう。
事務所の意向で大御所が多かった
飾りじゃないのよ涙は/駅/難破船
陽水さんはレコーディングする前に仮歌で聴いてもらって「こんな感じだったらOK、僕が望んでいた歌い方だよ」OKをもらっから決定させていただく形。
拍手してくださるファンを目にして「大丈夫!!ステージに立てる」自分に言い聞かせる。近くに見えるお客さんがニコニコッと笑ってくれて「明菜!やった」との声に「生きてるよ!」と言っちゃった
「駅」まりやさんが歌ったものを提示させていただいて「表現の仕方は違うけど、明菜さんを思ってこの曲を書いたので、OKですよ」というお返事をいただいて、歌わせていただく
加藤さんの場合は夜のヒットスタジオでご一緒させていただいたときにテープを渡されて
「この曲を私歌ってるんだけど、あなたに歌ってほしいのね」
「え、いいんですか?」とお聞きしたら「この曲はあなたが歌うべきって思ったから歌ってほしいんだけど聴いてみて」
即私がレコード会社も通さず「新曲です」と
※とくモリ(徳光さんとのラジオ)も聴いたし、ワールドビジネスサテライト、GOストも観た。元気なうちに、たんと出てほしい。きょうは誕生日。加藤登紀子さんとのエピソードはどこかで聞いたことがある。夜ヒットで渡されたのは知らなかった。一時停止ボタン押しながら文字起こししてたら、目を見開いた表情ばかりだった。同世代は「ちゃん」付けするよ