なぜ自死はいけないのか
もっと納得のいく答えが欲しい(抜粋
最近、著名な方のニュースをよく耳にします。自殺はもちろん悪いことと思います。ただ、自殺を考える人は、ものすごく悩んで、生きるのがしんどくなって、その道を選択してしまっているのではないでしょうか。それですべての悲しみから逃れられる、と考えているのかもしれません。
なぜ、自死はいけないことなのかを教えていただきたいです。周りが悲しむからとか、産んでもらった親に悪いからとかではなく、何かもっと納得のいく答えをいただきたいです。
私自身は、自殺をしたいと考えたことはありません。しかし、もしも友達から、自殺を考えているなどと相談されたときに、どうしたら引き留めることができるのか、その答えがわかりません。
自死を考えている相談かと思ったら
後半に「もしも相談されたらどう引き留めるか」とある。将来その回答をそのまま暗記して相手に伝えるつもりか。誰にも相談せず黙って命を絶つ人が多いのではないか。有名人の死に気持ちを持っていかれる、引き込まれる感覚は確かにあった。どう踏みとどまったか。淡々と日常を乗り越えるしかない。誰かに死にたい気持ちを伝えて、引き止められて、そこで思いとどまった経験を持った人はどのくらいいるだろう。
最近、ショッピングセンターで飛び降りた小学生がいた。40年以上前も、小学生の自殺が連日新聞に載った。偶然図書館で「ぼくは12歳」を見つけた。初版は1975年、小学生の自殺が相次いだのはもう少し後だったと記憶している。78年、田宮二郎が猟銃自殺を図ったときは恐怖感しかなかったが、ユッコが死んだときは同い年だし社会に出たばかりでひどく疲れていた。今思えば精神状態が危なかった。
コロナ禍で自分を殺めようと思った瞬間、ラジオから流れてきた曲
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出久根達郎さんの回答
黙って語らせよ(抜粋
自殺を決意し、実行寸前に取りやめた経験を持つ人に話を聞いたことがあります。20年ほど前のことです。死のうとしたとき、遠くからさお竹売りのアナウンスが聞こえてきたそうです。
「さお竹、さお竹はいりませんか、物干しざお」と、車のスピーカーから呼びかける、あれです。これを耳にしたとたん、死ぬ気がなくなったそうです。
死は、理屈ではないのですね。とうてい言葉では説明できません。しかし、死は誰にも必ず訪れる、そのことを頭において生きるべきでしょう。
自殺がいいか悪いかは、他人が判断することではないと思います。といって、勧めるものではありません。自殺を引き留める名言はなく、言葉は無力です。むしろ「聞く耳」が有効かもしれません。
自死をやめた方から、自分の悩みを真剣に聞いてもらったら心が晴れた、という話を聞いたことがあります。
黙って、相手に存分に語らせよ。案外、それが自殺防止のカギかもしれません