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SWITCHインタビュー達人達 佐野史郎X京極夏彦 時代と妖怪小説

京極夏彦

映像とことば

佐野 映像、ムービーと字は一緒だと思うんですよ
京極 同じですね。僕はね、物語を書いている意識はほとんどないんですよ。絵を描いているのと変わらない。文字を並べていくじゃないですか。マス目を埋めるっていうのは、漫画の一コマが1マス。

佐野 京極夏彦が、ほかの作家とどこが一番違うかって言ったらそれですもんね。有名な話はページの改行の仕方が違ってますもんね(「姑獲鳥の夏」などは文章がページをまたがないよう構成)それは絵だからですよね
京極 厚い本ばっかり書くので、ビリっと破ったりした時にキリがいいように(笑)
佐野 誰が破くんですか(笑)

京極 のもあるんですけど、またいだほうがきれいなところも、多分あると思いますよ。見開きみたいな感じでね。たぶん1コマ1コマだとすると(縦に読むのは)フィルムを回すのと一緒。そういう感覚で作ってはいるんで。そんなに大きな違いは実は感じてない

佐野 作家の先生に言うのもアレなんですけど、言葉って意味の部分と、意味のない音の部分、両方あって。確かに小説を読んでいたりすると、そこにノイズはないんだけど、ちょっと擬音があったりとか、いろんな表現があるんですけど。基本的には意味がある。会話の一つ一つに意味はなくても、それが連なるとやっと全体の意味が浮かび上がる、ていうのが作品を読むときに惹かれていくわけで。

京極 例えば何もない、動かない時間ていうものがね、小説の中にあったとするじゃないですか。普通書かないですよ。あるいは「何もなかった」と書く。そういうの僕ちょっと嫌いなんで、いっぱい書いて「無かった」ことにしたい。

佐野(手を叩いて)ですよねえ。
京極 ここからここまでは実は無駄、でも読ませちゃうと。書くことによって消すような感じのことはできないかなっていう。半分は読者の体に委ねられている。だから小説を完成させられるのは読者なんですよ。

古い日本文化への憧れ

京極 どちらかというと大陸的な感じで育ったから、ほんとに小さい頃から(古い日本文化への)憧れがものすごく強かったんですよ。いわゆる昔話を好きになったり、民俗学を好きになったりしたきっかけだし。それは今でもおんなじなんですけど。5歳ぐらいの時にテレビで「ゲゲゲの鬼太郎」1stシーズンが始まって。一番最初に覚えた文字が「鬼」難しいですよ。鬼太郎の字が書きたい、ゲゲゲぐらいまでは真似できるんですよ。鬼はね、5歳の子にはちょっとハードル高いね。自分の名前よりも鬼を覚えた。単行本で最初に買ったのは鬼太郎KC版の2巻。水木さんの絵を見た時、ものすごく懐かしく感じた。懐かしいわけないんですよ。僕はこういう世界に郷愁を感じるんだという認識が、かなりちっちゃい時からあった。初めて北海道で本州にわたって最初に行ったのが多分青森、恐山。

佐野 いきなり(笑)最初に覚えた字は鬼だし、恐山に行くし。
京極 恐山に行って「ああ、ここはふるさとだな」と思っちゃう。要は土地柄ではないんですよ。階層があって、土地の向こう側に、下だか上だかわかんないけど。活性化させてくれるとすれば。

佐野 おんなじですよ、大好きですよ。やっぱり何にもない死者の国ですよ。全員死ぬんだから。死者の国ではみんなが同じ状態でいられる。あるものはなくなるけど、ないものはなくならない。
京極 そのとおりです、そのとおりです。昭和20年代を舞台にしたものが多いんだけど、作品が古くなるのではなく、最初から古いものが多い。それは意識的になんですけど、その頃書かれたって勘違いしたらそれはしょうがないですから。それより古くはなんないから「これ古いね」言われても「最初から古いから」

姑獲鳥の夏

高校卒業後グラフィックデザイナーに。独立し会社を始めようとした矢先にバブル崩壊

京極 だいたい個人事務所は当時、夜逃げか首吊り、惨憺たる、死屍累々という状況で。うちの事務所は幸いにも潰れはしなかった。クライアントがなかなか良かったんで。仕事の数が急変したんですね。激減。僕こう見えて整理整頓も上手なんで仕事が早いんですわ。あんまり自慢してるわけじゃない。だからすぐ終わっちゃう、仕事少ないし。ほかの人たちはそんなに仕事早くないんで。お先に、というわけにいかないんですよ。悪いじゃないですか。日本的な同調圧力が良くないんですけど、お先にってなかなかいいづらい感じなんで、仕事してるふりをして書いちゃったんですよ、小説を。

佐野 最初何だったんです?
京極 姑獲鳥の夏。いきなり書いて、書き終わっちゃったんです。
佐野 書き終わっちゃったって...長いですよ、あれ
京極 GWを迎えたんですが、そんな状況ですから遊びに行くわけにも金もなくうちにいて。見ると、プリントアウトした分厚いものがある。これを金にできないものかと思って、某音羽の出版社に電話して「持ち込みという、古き良き因習は未だに残存しておりますでしょうか」聞いたんですわ「我が社は広く門戸を開いております。どんなものをお書きになったんですか?」「いやあ、ちょっとよく...」「なにかトリックでも思いつかれましたか?」「いや~すいません、トリックも何もないんですわ」「とりあえず送ってください」それでそのままその年の9月にデビュー。即決でした。

嗤う伊右衛門

京極 演技でもそうかもしれませんけど、小さい動きで大きなものを出すってことあるじゃないですか。それと同じで短いものでたくさん情報量を出せる作品ってあるし、そのほうが上手なんだと僕は思うんですよ。どうも下手くそなんで長くなる。今日ちょっとお話しててわかったんですけど、いかに無駄をぶっこむかってことを考えました。長いのは無駄なんだけどそれが作品の、もしかしたらコアな部分なのかもしれない。5冊目ぐらいまではどんどんどんどん厚くしてしまったんですよ。
佐野 ああ、あの厚い小説の人ね、って言うとわかりやすいですよね

京極 薄いの出したら怒られた(笑)「嗤う伊右衛門」ごく一般的な厚さなんですけど「内容はともかく、薄いのは気に入らねえ」って言われて(笑)ああそうですかすいません、量で判断しないで欲しいなあっていうのがずっとありましたけど。

妖怪小説ヒットの理由

佐野 妖怪とか、バブル崩壊して不安定な時に、なにか不安なものを具現化してくれたものを無意識に欲していたと思うんだよね。少なくとも映像の、ドラマの現場では。フジテレビのトレンディドラマ、ラブストーリー、人間の話ばっかりじゃなくて、なんだかわかんないものに視聴者の人が求めたのは。世の中の不安定なことと関係なくはないと思う。そのタイミングで姑獲鳥の夏だったんですよ、実は

京極 そうですかねえ、そうだったかもしれません。ほかの時代だったら出力のされ方が全然違ってた可能性がありますからね。それこそ僕は、バブルがはじけなかったら小説を書いてなかったのもありますけども。それで書いたとしても全然違うプレゼンテーションをしてたって話。時代と切り離せないところがある。一方で時代性を全然考えない、視野に入れない部分に掴まれちゃったとも思うんですね。

師匠は水木しげる。長年妖怪研究を共にした。漫画大全集監修を6年かけ、2019年に完成。
2008年「千年呪い歌」で佐野史郎演じた蛇骨婆、75点の評価だったそう(70点以上なら合格点らしい)当たり役は冬彦さんだけじゃないよね

今昔百鬼拾遺 月 (講談社文庫)

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