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徹子の部屋 イラストレーター 田村セツコ 赤塚不二夫、松本かつぢの話。

80歳。(徹子さんを)目でスケッチしてました。

出会い

徹子 あたしがNYに行くときに、赤塚不二夫さんがNY行き同好会をやってくれて。その時あなたいらしたのね。だから40年以上前ですね。
田村 赤塚先生が「ものすごく気さくなお姉さんだから、いい人だから。すごくフランクな人なんだよ」って
徹子 今も俳句をご一緒に作ってるんですが。セッちゃんとはお会いするたびにいろんな話したり。まずなにをきてるのか、どういうことになってんのかなって思って。きょうは拾った傘をスカートに。いい考えだ。素敵なのもあるけど、思いつかないじゃない。
田村 いい柄いっぱいあります。
徹子 セッちゃんなんでも自作が可愛いので。
田村 (靴に)白黒猫の目を描きました。アクリル絵の具で
徹子 両手首に猫のぬいぐるみがついてる。向こうとこっちと色が違うのがすごいね。
田村 カラータイツで。手の甲がしわしわなので隠してるんです。隠すとこだらけで
徹子 そんなこと全然ないわよ。帽子とかウィッグは
田村 安全ピン付けて、堂々と。電車の中でもじぃっと見られますから。

徹子 年言ったらみんな踊りちゃって。80て本当なの?
田村 本当なんですけども。お友達、同級生なんかと会っても「こないだまでセーラー服着てたのに」ってお互いに
徹子 どんなことがあっても80には見えない。

松本かつぢ先生

きっかけ

田村 松本かつぢ先生のおかげで出版、紹介していただいて。つながっていくわけです。
徹子 高校3年生の時にあこがれの画家にお手紙をお出しになったの
田村 そうです。少女雑誌に、夏休み号かなんかに住所が出て「あなたの好きな先生にお便りを出しましょう」コーナー。ケティーお嬢さんですかね。外国のおはなしなんですけど本当に大好きで。ほかの先生の画に全然似てない。往復はがきを出させていただいて「もしかしたら将来、絵の仕事に就くとしたらどういう勉強と手続きが必要でしょうか」(笑)まさかと思ったらお返事が来て「あなたの絵を見せてください」それまで赤毛のアンとか、あしながおじさんのジュディとか、いろんな女の子を落書きでごそっと封筒に入れてお送りして。「一度訪ねていらっしゃい」そういう感じで始まった。

徹子 その後銀行に勤めたり
田村 ええ。高校卒業して、この仕事皆目見当がつかなかったので、とりあえず4人兄弟の長女なので、なんでしょう、安定した仕事に就こうと銀行に。
徹子 その時も描いてた?
田村 ええ、ちょこちょこ。バイトと。銀行の秘書室だったんですけど。この1年両方やってたけど、両立が難しくなって、残念ながらお勤めはやめた

徹子 この仕事してて、マネージャーとか誰もいないんですって
田村 ひところいてくれたんですけど、寿婚でいなくなって。黒猫もいなくなっちゃったんですよ

番組中、作品紹介。セッちゃんの仕事場も映って、貴重。保存版。傘の骨も使うんだ。ひとり暮らし。毎晩晩酌。7歳の時の疎開経験、雑穀に大根の葉を混ぜたり、干し柿の皮を干して食べたり。イナゴも食べたという話を。

孤独をたのしむ本―100のわたしの方法

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