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人生案内メモ、文字起こし、感想。

BS朝日ザ・インタビュー 友川カズキ(かずき) X 石原正康 弟、戦メリ、ちあきなおみ「夜へ急ぐ人」

麻薬的な人間

ジャニス・ジョプリン、ドアーズ・・魂の叫び

石原:にわかに友川カズキ人気が高まってますから。若い人に何を訴えてるのか知りたい。

石原:先月28日のライブ、僕初めてだったんですけど、若い人が多いんですね。

友川:ええ、ええ。まぁ、昔の人は皆死んだんじゃないかと思ってます。私だけ生きてるような感じでね。コンサートは。私より上の人は来なくていいと思ってるんです。これまでの人より、これからの人に向かって歌いたいと思っておりますので。
  
石原:叫ぶような感じですね
友川:途中からですね。ジャニス(ジョプリン)が好きだった。あれはもう存在が叫びですよね。ムンクではないけれど。存在そのものが音楽。ドアーズも聞きましたね。ピンクフロイドとかキング・クリムゾンもね。シンディ・ローパーも好きですね。はじけてる感じが。ビートルズはあんまり好きじゃないですね。心地いい感じが心地よくない。ローリングストーンズの、空に向かって唾吐く感じがいい。半端ものじゃないとダメですよ。歌舞伎もんじゃないと。
石原:違和感を持てと。

友川:そうですよ。手拍子で聴かれるとひとりひとり射殺したくなる(笑)手拍子ほんと嫌。連帯感も嫌。こっちはたった一人に向かって歌ってるわけだから。誰かの為に聞くわけじゃない、自分のために聴くのだから。表現だもんね。ホントに日本人の、仲良しクラブみたいにしてるの見ると虫酸が走る。ひとりひとりを分かり合うということは「どれぐらい違うか」を分かり合うこと。安易に肩組んで、つまり「日本人は遠慮が美徳」って、嘘ですよ。あれは上の人の言葉。黙れ!って話ですよ。個性なんか、あってなんぼってことでしょう。

中原中也岡林信康との出会い。

4人兄弟の次男。家の事情で祖母のもとで育つ。能代工業高校ではバスケ部。中原中也の「骨」に影響を受け、詩を書き始める。

「ホラホラ、これが僕の骨だ」普通これから始まります?どっぷりはまりましたね。格好つけて難しいこと言うようになりましたね。授業中はほとんど寝てましたけど。夜は詩を読んでました。


Kazuki Tomokawa (LIVE140721) - Natsu no Hi no Uta (夏の日の歌)

19歳の時、岡林信康「山谷ブルース」に影響を受ける。

びっくりしましたね。生活歌ってるわけじゃないですか。実務って言うんですか「今日の仕事は辛かった」それって歌詞なんですかね?ちょっとした革命。驚きましたね。それからギター、人から借りて。拙い詩に曲をつけて。当時は猫も杓子もギター持ってて、あちこちイベントに出たけど、ダメで。まだ焼酎はそんななくて、清酒でしたよね。田舎ではどぶろく。一番ステージで飲んじゃう。今は水ですけど。

曲作り

詩のメモとかが溜まってくると「あ、1曲つくろうか」って。普段ギターほとんど弾かないんですよ。コンサート以外は殆ど。
そうすると新鮮に出来る時があるんです。まぁ駄作の山ですけど千曲以上ある。数だけは。でも1曲もヒットしてません。それが唯一の自慢。タイトルは別にどうでもいい。あとでタイトルつける。テーマ元々ないから。テーマ先だと作れないですね。起承転結は私いらないと思ってるけど、言葉だけは音と映像。意味じゃない。意味があってたまるかと思う。解釈ってのは胸とか耳でするもので、頭でするわけじゃない。響けばいいわけですから。身辺雑記ですから。人って、人に興味があるわけじゃないですか。その人が正直にスッと言った時は入ってきますね。詩や文学が。

競輪大好き。

1年中シーズンです。365日、身が持ちません。懐も。一番日常的だし、競輪っていうのは読み物だから。純文学というよりは推理小説に近い。犯人当てクイズみたいなもの。

最愛の弟の自死

友川:弟も詩を書いてましたね。
石原:だんだんめんどくさくなって、三上寛さんにあずけたって。
友川:うるさくてね、きょうだいじゃないですか。そんな内面を見せられてもね。しゃらくせえと思って、同じアパートの三上寛に。優しい男でね、万年筆あげたり。クマさん(篠原勝之)もね。
    
石原:友川さん33の時に弟さん亡くなって。相当ショックだったですよね
友川:一番のショックでしたね。まだ若かったしこっちも。自殺ってのがね。
石原:30歳でしたね。友川さん自身の創作に影響はありましたか
友川:あの悲しみみたいのは他にないですね。寂しさ苦しさ辛さ悲しさがその人間の財産というけれど、財産にするまでは
   相当、何十年もかかりますよね。

戦メリのオファーを断っていた

大島渚監督とは飲み仲間。端正な顔立ちに惚れ込んだ監督が懇願するも、断っていた。

なまってるから無理ですね。酒用意してくれて「なまりなんとかならないか」って。坂本龍一さんがやってる役ですよ。英語できなきゃ無理でしょ。(その役やってれば、って)競輪で外れて「たられば」語るのと同じですよ。ないこと。
つまり「惜しかった」てのは大はずれなんですよ。

感想/私の好きな友川かずき

生きてるって言ってみろ

TBSドラマ「一家だんらん物語」全6回。主題歌。86年放送。

一家だんらん物語 - Wikipedia
しつこく「一家だんらん物語」: 戯雅 blog


友川カズキ/生きてるって言ってみろ

新たな道を模索していたちあきなおみが、この曲を聴いてオファーを。

「曲作ってくれますか?」新宿のライブハウスでちあきさんがジャニス・ジョプリン歌ってて号泣しましたよ。何の歌か忘れましたが凄まじい歌唱力で。あんな歌うまい人みたことない。簡単に作れると思いましたね。すごい歌手に私の何かを歌ってほしい

夜へ急ぐ人

小学生の頃、紅白歌合戦を見ていて突如「おいでおいで」が。年越し蕎麦が喉に詰まりそうになった。
父(当時41歳)が「おい!ちあきなおみが呼んどるぞ!怖い!あんた誰、ってなんや俺や!」友川かずき作品と知ったのはずっと後。大人になってから。

ちあきなおみ 夜へ急ぐ人

ホント感動しました。金持ちなっちゃうな、って。電卓2つか3つは必要だなと。根が単純だがら。何十年も紅白見てませんけど。気持ちいいもんでしたね。難しい歌なんですよ。あの人でないと歌えない。でもあの人が歌わなくなって。

番組中(夜へ急ぐ人を)歌って、と石原さんにリクエストされダチョウ倶楽部じゃないけど、聞いてないよ!
そう言いつつも歌ってた。好きな画家は子供より自由なバスキアセザンヌ
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