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【メモ】ファミリーヒストリー 中川翔子 しょこたん

北海道で知った事実

母とサケマスふるさと館に行った時に養殖の事業をされていた方で、写真を飾ってて。そんなわけなかろうって言ってたんですけれど。

平野弥十郎

母方の5代前のご先祖様。

1823年、雪駄の卸問屋に生まれる。浅草新福井町。質の落ちる商品を大量に仕入れ安売り、大儲け。
10年後「土佐国漁師万次郎、アメリカより帰る」の記述。大きな転機を迎え、店をたたみ、土工請負人となる。

黒船来航

神奈川台場

砲台設計者には勝麟太郎(のちの勝海舟)も関わっていた。弥十郎は現場責任者。工期1年、のべ30万の人夫をまとめ上げた。
「つどごと、われに詳細に教受ありたり」

高縄鉄道

明治政府はロシアの脅威に対抗するため、北海道の開発を急ぐ。
当時の中心は函館だが、南端に位置していたためロシアへの防備に不向きだっため、中心地を札幌に移し、「札幌本道計画」が打ち出される。
弥十郎は工事責任者に。妻とみは反対するが決意。
「国土の開発に一身を捧げるのは男子の本懐」
明治5年2月、軍艦東京丸は出航から3日目に濃霧で座礁。霧で視界が閉ざされる中、小舟に乗り漕ぎ出す。運良く岸にたどり着き救助を求める。沈没寸前に全員地元の漁師に助けられる。

明治5年3月工事に取り掛かる。飲み水不足。明治6年完成。

人生でとてもゆかりのある場所。全部に先祖の足跡があったんだというのはガッとつながりました。いろんなことが

伊藤一隆

弥十郎の息子。高祖父。
開拓使仮学校入学。成績優秀だったので最年少で入学許可。札幌農学校(現・北海道大学)一期生。
クラーク博士に教わる。私利私欲を忘れ大きな心の志を抱けと言っておられた。恩師を見習って敬虔なクリスチャンに。酒もやめ、北海禁酒会を立ち上げる。クラークが去った後入学したのは新渡戸稲造内村鑑三。卒業後は開拓使で働き始める。

明治19年アメリカに視察に行き、様子を「米国生産取調書」自筆のスケッチを添えて報告。帰国後、鮭の孵化場の建設に着手。

128年経った現在も当時と同じ手法で採卵作業が行われている。

※千歳さけます事業所・吉光昇二さんの声がすごくよかった。コメントに集中できなかった。誰だろ。声優さんの誰かに似てる。

その後、エドウィン・ダンに誘われ石油会社に転職。

尽力を尽くせば切り抜けられると思うか。それならば全力を出せ
力及ばずと知ったら、すべてを神に任せてくよくよするな。

明治45年、アメリカからロータリー式掘削機を導入。2年後(大正3年)秋田黒川油田。 石油記念館には一隆が書き記した「日本石油史」がある。昭和4年、71歳で没。弔辞は内村鑑三

一隆の9人の子供たち

アイ

長女。
のちの、しょこたんの曾祖母。

ケイ

次女。女性ミステリー作家。「若草物語」翻訳で知られる松本恵子。1976年没。女子美卒でバラの花が好きだった。

松本恵子 - Wikipedia

小笠原榮子

しょこたんの祖母。アイの娘。21歳で小笠原好彦と見合い結婚。戦後、好彦は出版社「風雪社」を立ち上げる。
メンバーには火野葦平丹羽文雄など。「肉体の門」ヒットするも、無理な経営拡大で資金繰りに行き詰まり、半年で倒産。
栄子は家の一部を下宿にし、貸本屋を開業。

桂子

栄子の娘、しょこたんの母。飲食店で働き始め、9歳年下の中川勝彦と出会う。5年後、結婚。

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