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【人生案内】友人との関係修復に悩む17歳、増田明美さんが答える。

友人との関係修復に悩む17歳(抜粋)

高2女子。高1の時、陰口や悪口を言われて不登校になりました。保健室登校を始めた私を訪ねてくれ、手紙に「早く教室に来な!」と書いてくれた中学時代からの友人。でも教室に行く勇気が出ず、彼女に手紙を書きました。下駄箱に返事が入っていたので嬉しくなって読んでみると「先生に迷惑をかけている自覚がない。教室で勉強したら?」「友達ごっこは終わり。手紙も書いてこないで」ショックすぎて涙が出てきました。2ヶ月ぐらいで教室に復帰しましたが、彼女とは一切話しませんでした。2年生では別のクラス。彼女の姿を見るたびに、私がちゃんと彼女のことを考えていたら、ひとりにならず、もっとたくさんの友人もできていたかも...彼女に謝罪したい。それとも何もしないほうがいいのか、心の奥でいつも考えてしまいます。

迷惑をかけている自覚がなかった30年前の自分。

16歳の頃、じぶんも不登校だった。相談者と全く同じ理由と、起立性調節障害で。

NHKあさイチ 子供の不登校 自分もそうだった。起立性調節障害チェック。 - 別館.net.amigo

【感想】30年前の高校生が本気出して考えてみた。 - 別館.net.amigo
松居直美サンの息子さんも不登校だった。
徹子の部屋 松居直美 長男の不登校を乗り越える。: .net.amigo

「迷惑をかけている」よりも「かけられている」と思っていた。

保健室登校は、居心地が悪かったので、しなかった。少しでも状態が良くなると、教室に戻らなければならないのが嫌だった。ずっと自分の部屋にこもっていた。2ヶ月近く経って友達から電話がかかってきた。確かこんな感じ。「修学旅行のグループ分けするのにさあ、困ってんだって。出てきなっ! いつまでサボってんだっ!!」手紙でなくてよかった。嫌なことを書かれた場合、わざわざ破って捨てる手間が生じる。

文通はしていたが、市外県外の子ばかりだったので自分の悩みについては一切書かなかった。違う自分になったつもりでいたし、陰気な部分を知られるのが嫌だった。もしあの頃はてなブログをやっていたら、のめりこんでしまって、学校に復帰できなかったかもしれない。

10代の頃も今でもそうだけど、自分は関係修復を望まないタチなので一度こじれたら、そのままにしとく。

ところで相談者と同い年のうちの坊主が、今になって「この高校を選んだ事を後悔している」と言った。詳しいいきさつは避ける。ただ一つ言えるのは、学校にしろ会社にしろ、充分自分なりに検討したつもりでも、入ってみなけりゃわからない部分がたくさんあるってこと。特に人間関係は変化するのだから、誰にも教えてもらえない。自分だったら謝罪はしないなあ。所詮友達ごっこだから。

実は中退するつもりだったけど、思いとどまった。

やっぱあの電話のおかげかと。46歳になった今でも連絡は取るよ。

「涙が出ちゃう」増田明美さんの回答。

彼女の声を脳内再生しながら読んでください

お手紙を読み、涙がこぼれてしまいました。なにより、教室に戻れてよかった。そのきっかけは、もしかしたら、お友達のお手紙にあったのではないですか?
「ショックすぎて涙が出てしまいました」とありますがお手紙があなたの頬をぶってくれたような気がします。あなたが苦しかった時に「辛いね、気持ちがよくわかる」と寄り添うことも大切です。でも、近くにいるひとほど、こんなことに負けないでもっと強くなって欲しいと自分のことのように腹立たしくなってしまうのです。寄り添うよりも、厳しいことを言う方が苦しいものですよ。まだ高1なので、あなたに客観的なアドバイスをすることができなかったのでしょう。
後悔してると思いますので、あなたのほうから氷を溶かして下さい。「ごめんね」よりも「ありがとう」がいいと思います。

痛い、いたあーい
体罰は嫌いだ。手紙で頬を打たれるなんて。2度もぶった!!親父にもぶたれたことがないのに!ウ・ウ...「それが甘ったれなんだっ!殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるんだっ!」あの時の不登校が、今の自分の仕事につながっているので人生はわかりません。17歳の頃に好きだったアルバムを30年ぶりに聴いているこの頃であります。