別館.net.amigo

人生案内メモ、文字起こし、感想。

【感想】石橋貴明のスポーツ伝説・光と影:星稜高校5番打者 アンドレ・ザ・ジャイアント

月岩信成とは

星陵高校5番打者。

5連続敬遠、松井秀喜の次の打者。左の松井、右の月岩と称される。
明徳は松井を徹底的に敬遠し、徹底してデータ研究していた月岩との勝負に出た。ノーヒットに終わったため「松井を助けられなかった情けない5番」などと言われる。

彼の落胆ぶりは激しかった「お前のせいじゃない、気にするな」と言った。(松井秀喜

まだ18歳、高校生でしたし、5万人ぐらい入ってた。回を増すごとにどんどん雰囲気が変わって。ネクストサークルにいる時漂ってくる。実際心の中では「打てなくて悔しい」気持ちだけで試合が終わったんですけど(地元に戻って)いきなりおおごとになってて・・僕自身びっくりした。

あの試合で人生が狂った。とにかく人に会いたくなかった。学校にも行きたくなかった。精神的に参っちゃって。

サヨナラエラーや最終打席で打てなかったいろんな試合を思い出した。彼らの多くは同じ思いに苦しんだのだろう。
22年前、自宅には嫌がらせの手紙が殺到したし外出すれば後ろ指を指され、自宅には「あの試合」で取材要請がひっきりなしに来た。

試合が終わって、こっちへ帰ってきても他の人に言われることはあのことばっかりで。自分も一時は学校へ行きたくないなと思ったんですけど。考えないで。自分にとってあそこで打てなかったということはこれからも生きていく上で力になっていくと思うんで、将来のことを考えると、打てなかったほうがが自分にとって・・「3年生を送る会」より

ところが

内定していた大学の練習に参加した際「お前が打ってれば勝ってただろ」「ビビっちゃったのか」「これ打ってみろよ」と缶を投げつけられ激昂しもみ合いになり、進学はご破算に。

野球をやめ、周囲との連絡を絶つ

自殺説やヤクザになった噂などが囁かれるが不動産の営業、飲食業、旅館など職を転々。結婚したが3年で離婚。男の子が一人。必要以上に野球から離れ、孤独な生活を送る。

ふとつけたテレビで松井が満塁ホームランを打ち(前のバッターは敬遠で出塁)「何やってんだ俺」心機一転串かつ店「KUSHI56」を開いた(現在は閉店)

今はみんなも笑って話せる話題(松井)

サプライズで明徳の河野和博登場

現在はコーチ。
河野:(あの時のことは)憶えてないですね。どんなことはあっても松井選手は全部敬遠、月岩君はかなり研究した。(←月岩も「記憶が抜け落ちている」)
野球によって悲しみも喜びも味わった男は、今全てを受け入れている。

・・というが、時効になったと言えるのかな・・
で、野球をやめてしまった人は、(←スッキリときりがよくやめたとか突発的な事故病気ではなく、自らの意志の弱さ、部内揉め事などの「進路を絶たれる」形でやめたという意味)その後苦労の多い人生を送っていることが多い。中退しちゃったり窃盗繰り返したり、卒業できたとしても犯罪に走ったり・・

番組では他にも田中将大やキムヨナ、柿谷、栗原恵のエピソードがありましたよね。田中将大の「プロレスごっこでいじめから救った話」は道徳の教材にしてもいいくらいです。子供たちも、いじめじゃなく、こんな方法でプロレスごっこやるなら大いにして欲しい。
石橋貴明が手渡した「18年間返し忘れてた競走馬を育てるゲーム」とファミコン本体(なんか新品っぽい)セットには笑いましたが。
ほかのエピソードについては誰かが書いてくれてるたぶん

2016.7.30 追記

キリトルTVの読唇術で再びアクセス増えた。ちらっと書いためちゃイケ最新記事より多い。

今見ても何かをえぐられるような気持ちになる。松井は、月岩に「諦めるな!」「(お前は)悪くない」とも

人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアント

223センチ236キロ

小学生にして身長180センチ。14歳で2mを超えた
巨人症 - Wikipedia 巨人症 - Wikipedia

常に膝や背骨の激痛に苦しんでいた。40代まで生きるのも苦しいと言っていた。晩年250キロまで体重が増え、バギーなしには移動ができなかった。心臓発作で46歳で死去。

巨人症といえば最近ならチェ・ホンマンジャイアント馬場、逆の小人症は、エマニエル坊や、ホーンスワグル、白木みのるリオネル・メッシゲーリー・コールマン(←「アーノルド坊やは人気者」、2010年に42歳没)米良美一



1981.12.8 キラーカーンvsアンドレ・ザ・ジャイアント - YouTube

ami-go40.hatenablog.com