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人生案内メモ、文字起こし、感想。

SWITCHインタビュー達人達 蜷川実花×渋谷慶一郎 色彩は誘う、死は歌う。(抜粋)

沢尻エリカ

1日1日がお互い闘いで、向き合っていったって感じ。

ヘルタースケルター スペシャル・エディション(2枚組) [Blu-ray]

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写真集 『月刊MEN 松田翔太』

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対談相手に選んだ理由

蜷川:(渋谷さんとは)パーティーでたまたま会って、立ち話だったと思うんですが 「蜷川さんの色みって作り込んでると思われがちだけど、全然そうじゃなくて素なんですよね」 最初に核心を突いてきたんで、もうちょっと話してみたいなと。ものを作る人同士であることもすごく大きい。


渋谷:毎日いるんだよね。気がおかしくなったりしない?
蜷川:心地よい密度が人と違うっぽい
渋谷:ギャルがそのまま大きくなったみたい。
蜷川:この部屋で文章書いたり写真やったり、落ち着く。

呼吸するように撮る

蜷川:写真は、スタジオじゃない限り、歩いたり反応しながら撮るから、反応する要素としては色がカラフルだったり、私が好きそうな色みにする。色みは、いちばん答えにくいことだけど生理的なことなんだと思う。どうしてその色になったんだと問われても「なぜお腹がすくんですか」と同じ。呼吸するのと同じレベルの先にあること。
渋谷:見た瞬間の生理によるのが大きいんじゃないかなあ。
蜷川:その通り。その人や花を撮りたいってのもあるけど、そこで起きた空気感とか感情の塊を封じ込めたい、撮りたい。全てが自画像というわけじゃないけど、動くものを作りたい。小6の時「バービー人形と溶岩」を撮ったのが最初。全然変わんないの。意外と撮らないときは撮らないの。いつもカメラ持ち歩くわけじゃなくて。撮るときは日常のことではなく、1回非日常になるの。撮ろうと思った瞬間に360°目が開く
渋谷:僕も曲が浮かぶことはあるけど、メモったりしないの。家帰って書けるか、録音できる状況にあればいい。その間に忘れちゃうものは淘汰されたと考える。
蜷川:カメラ持ってるときに撮れたものが縁があると思う。感情と結果が近い。ブレることはない。すごい盛り上がれば必ずいいのが撮れる。そうでなければ力技。ねじ伏せる時も年に何回かある。
渋谷:常に100点が出るとは思わない。プロは数やること。
蜷川:ある限られた枠の中でやらなきゃいけない面白さとか。
渋谷:制約がないことがいいわけでもないし、時々全く制約外すことも必要だし
どれだけ行ったり来たりするか。
蜷川:自分の中の純度を高めることがすごい肝。経験値があると目をつぶってても蜷川実花の花って撮れるけど、1ミリの邪念もなく「綺麗だから撮りたい」「残したいから撮る」というとこにいけるか。
渋谷:僕も同じ。「ドミソ」出した時に初めて聴いた音みたいに感じられるか。和音は限られてるけど、初めて出したように接することができたら。たとえば酒飲んで音楽作るって絶対ない。一滴でも飲んだら耳がぶれるから何もしない。
蜷川:クリア。ちゃんとコントロールできる状態でしか作らないんだ。私も同じ。そもそもお酒弱いし、あまり好きじゃないの。
渋谷:ものを作ってるときは、世界の上澄みが見えるんだよね。世界の果てまで見える感じ

豊川悦司

写真の数だけいろんな撮り方があると思うけど、蜷川さんは、はっきりとしたスタイルを持っていながら撮ってるときは感じさせない。自分の変化を隠さないから被写体がリラックスできる。全然カッコつけてないし被写体を演出しようとしてないところがいい

豊川悦司 蜷川実花

豊川悦司 蜷川実花

女の子が見てもうっとりできる写真集にしようと。言葉で伝えることは意外と短いから、佇まいとか、自分がうれしいと思ってることはどこかで伝わるから。

カメラ持ってると無敵な瞬間になる。


【渋谷慶一郎・初音ミク】 オペラ 「THE END」 【VOCALOID OPERA】 - YouTube

渋谷:すごい実は怖がりだから、万全でやる。てことは、万全で駄目だったら後はない。そういう怖さはある。
・音楽スタジオにて
渋谷:偶然ものが落ちた時から始まるような感じにしたいので、スタジオらしくない。

   日本ではスレスレ。わかりやすくないし、謎が謎を呼ぶ。全く何の確約もないしオファーもしていないのに「これはパリで成功する」って毎日思って寝てた。
蜷川:周りからすれば何やってんだみたいな。妄想が妄想を呼ぶ。

渋谷さんは6年前、最愛の妻マリアさんを亡くした。

最悪音楽やめた方がいいのか、違うやり方があるのかってすごく考えた。突然ピアノ弾き始めた。弾くぐらいしかできなかった。喪失の瞬間っていうか「死んでるの確認してくれ」すごいショックなわけよ。1日に何度もフィードバックしたりとか。この映像に曲つけようって。近くに曲を思い浮かべれば少しは緩和されるかもしれないと。雲をつかむような感じ。完全な喜劇にして明るくして紛らわそうとかいうものでもない。ありきたりでセンチメンタルな音楽つけたら本当に滅入る。そこから始まった。彼女が死んで3カ月後ぐらいに「For Maria」ってコンサートやって。音楽葬みたいな感じで考えたの。「for Maria」が作れなかったら、アーティストとしてもダメなのかもしれないと追い込んだわけ。もっと追い込むために自宅のピアノに骨壷置いて。でも全然できないってのがずっと続いて、コンサートの当日に出来上がった。
震える手でやっとピアノ押さえて。氷触るような。


for maria 2012.09.11 Keiichiro Shibuya Playing for ...

蜷川:よくここまで全部ストレートに出したな、って。そういうものしかもたない力があの作品にはあった。
渋谷:彼女の声が聞きたい。声がしないのがすごい違和感がある。声のなくなった部屋が初音ミクと重なった。死とかを圧倒的な悲惨な悲劇として考えるのではなく、だらっとした死。死んでるのか寝てるのかわからない死。どっちでもいいよね。だらっとした感覚にある種の希望を見る、実際の死じゃない「死」みたいなものを人は経験していると思う。たとえばハードディスクが飛んだのも同じと考えたり、好きな子にLINEとかで「元気?」って送って1日返事がないとすごく心配になったり。下手すると「死んでんのかな」って。ある種の距離、テクノロジー、ネットワークで分析されたり。「うん」とか「そう」とかでめちゃくちゃ心が動いたりすることが現実にある。それを使うと悲劇がアップデートできるのではないかと思った。

死んでるように見える?それとも眠っているように見える?それはあなたが決めればいい。どっちもそんなに変わらない・・

Eテレで「ヘルタースケルター」ってのも異質だけどこの二人が出てくるのもまた珍しく。

ATAK015フォー・マリア

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