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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

サワコの朝 矢野顕子 ラーメンたべたい 安部譲二、YMO、糸井重里。

日本のここがヘン

1990年からニューヨークに住んでいますから、結構な歳月になりました。
ものをつくる人間にとっては「私はこれを作る」「僕はこれを見てください」って人が
世界中から集まってくる。切磋琢磨する感じってのはやっぱり
街のsceneが脈々とあるんですね

基本的に年齢を人に聞くことも自分から言うこともないので
だって新聞とか、なにしても必ず
矢野顕子、何歳」書かれるじゃない
あれってとんでもないよね(笑)て、思うわけですよ
それはアメリカには一切ない。作ったもので評価してくれる。
私生活の部分で底を突っつくような質問は、やっぱり失礼ですね。

記憶の中で今もきらめく曲

楽しき農夫/シューマン

私が弾くと原型をとどめてなかったりもするんですが、原型が好きです

シューマン/子供のためのアルバム 10.楽しき農夫/演奏:石井 晶子 - YouTube

子供の頃~高校

阿川:アッコちゃんどんな性格の子だったんですか
矢野:あのー、いいかげん
阿川:いいかげん?
矢野:目が悪かったんで、生まれつき。ちゃんと譜面が見えない
   あれって指使いが書いてあるでしょ
   ああいうのが見えないから「どうだっていいや」と
   自分で気持ちよく弾くようにしてる
   こっちはこう弾きたい
阿川:全部無視して
矢野:基本的にそうですね

阿川:たとえば、おうちに帰ってお母さんに
   「きょう学校でなにしたの」と聞かれたら
   ピアノで答えてたとかなんとかいう噂がありますが
矢野:それは本当です。それこそ幼稚園の時に遠足行って帰ってきて
   母が「どうだったの~?楽しかった~?」
   私はそのままピアノの前に行って弾いて「こうだったの」
   母が「ああ、そぉ~」(笑)
   言葉で説明するよりピアノの方が、おそらく早かったんでしょうね
阿川:自在に生活を表現できることが、矢野さん独特
矢野:いやっ、そんな事ないと思うよ
   即興でいろんなことができる子供たちって結構たくさんいますし
   今だってたくさんいますけど、
   大人になるまでそれで食っていこうという(笑)
   そういう神経の人はあまりいないと。

高校で単身上京

勉学をするとか、いい大学に行くとかはサラサラなく
音楽でなにか自分を表現するのに結びつくものはないだろうか
当時高校生でジャズ研、ジャズをやってる軽音楽部は
青山学院しかなかったんです
それで、じゃあここだ、と決めて猛勉強しまして

阿川:受験がありますもんね。そのためには努力するんだ、潔いから
   無事に合格して、そこでためになったことは

矢野:ないですね(笑)
    だって入ったら、つまりプロ志望なんてのは普通いないんですよね
    高校生で。私はやる気満々で

阿川:学生生活を楽しもうぜ!という甘っちょろいのはなかった
矢野:そうそうそう

安部譲二さん

青山ロブロイ

阿川:安部譲二さんとはどこでどういう関係だったんですか
   お父様のお友達?
矢野:そうだったんです。うちの父も随分派手に遊んでた時期がありまして
   その当時に知り合ったみたいで、うちの娘をよろしくとか言って
   よござんす、ということになったらしい
   
   安部さんの奥さんの名義で、青山にロブロイという店がありまして
   そこはいわゆる文学の人達のたまり場だったんですね
小松左京さんとか星新一さんとか
   よくいらしたのは筒井康隆さん、五木寛之さんとか
   そこで最初ピアノを弾いてて
   安部さんの奥さんが「歌も歌ってみなさいよ」
   エルトン・ジョン「Your Song」が好きでちょいとやってみたら
   なんだか知らないけどとにかく大喝采だったんです
   安部夫妻なんか
  「よしっ新宿の厚生年金会館を借りて、お前のコンサートをやろう」
   ...はぁ?みたいな

YMO糸井重里さんとの関係

随分後ですね。みんな音楽仲間だったんですけども
最初は私のバックバンドだったんですね。
2~3ヶ月たったら逆転して私が後ろ
上下関係があるわけではなく

YMOは最高のダンスバンドだったんですね。私にとって。
あれだけのリズムを作り出すバンド
みんなコンピューターを出してデジタルとか考えますが
実はYMOはもっともっとアナログで
マンパワーのバンドだったんです。
3人ともうまかったし、今でもそうですけども

「春咲小紅」もYMOがバックやってくれてますけど

阿川:業界ではもう知らないものはいない
   矢野顕子ちゃんだったけど、一般的にはここから。

矢野顕子「春咲小紅」1981 with 坂本龍一 高橋ユキヒロ 大村憲司 - YouTube
カネボウ CM 1981年 「レディ80 ミニ口紅」 曲 矢野顕子 春咲小紅 - YouTube

糸井重里さんとは、それ以前からものを作る職人同士
自分で書くときに、最も詞を書くのが苦手で
歌詞にするってことは、口から出すと責任が生じると
思ってるのね
自分が思っても見ないことや嘘を歌の上だから平気って
そういうことができないんですね
私を捨てた男が恨めしい恨めしいと書いたとして
それを歌いたいと思わない。そう思ってないから。
糸井重里は「これうまいよね」って言うし
同じようなものを見て「ちょっと違うよね」って言える

死なれると困るんですよ 

ラーメンたべたい

「ラーメンたべたい」掲載の教科書。
ラインナップがすごい。別役実「なまけものコンプレックス」他にも篠田桃紅、小坂明子..
あと「プッツン」というフレーズの懐かしさ。1994年。

『明解 国語 II』|教科書クロニクル(高校国語)|三省堂「ことばと学びの宇宙」

こちらは改訂版。(番組で紹介された表紙)

『明解 国語 II[改定版]』|教科書クロニクル(高校国語)|三省堂「ことばと学びの宇宙」

矢野顕子×上原ひろみ - 「ラーメンたべたい」 ライヴ・クリップ - YouTube

ラーメンたべたい時って、おにぎりやうどんではなく
ラーメンじゃなきゃダメ。
その気持ちを歌に表した。
(教科書に載るのは)申し訳ない。

※サッちゃん聞くとエハラマサヒロ思い出す

サッちゃんも非常に乱暴な言い方だけど、素材なんですね
この気持ちのための曲。
共鳴する瞬間がありますね
自分でいいなと思ったときに最初にチェックするのは歌詞
曲はどうにでもなるから(笑)
私のやってることはそんなに特別じゃないですね
即興とは言え、1万円出してくださいと言われたら
持ってるものから出さざるを得ない。ないそでは触れぬ。
蓄積したものから基礎がないと
いろいろなものを聞いて試したり作ったり壊したりしたものから

ただでたらめに聞こえるかもしれませんが

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