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SWITCHインタビュー達人達 さだまさしXドクターカー医師 間渕則文

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人を癒す力とは

言葉に関するこだわり

@岐阜 中津川市民病院

さだ:ドクターカーというものは素晴らしいと思ったんですよ。患者の立場で言うと、途方に暮れるんですよ。緊急時に。家族も。そこへね、ドクターが来てくれて顔を見るだけで、治らない人も治る気がするんですよ(笑)
間渕:そこは自分たちも意義を感じてるところで、収容病院が見つからなくても、僕たちが検査を始めて治療をするのですから。僕たちは救急医療の出前をやってる。昔で言う蕎麦屋、今ならピザのデリバリー。救急治療室が出前して出てって、診断、検査、治療し、一番適切な病院を医者が探してそこまで救急車でお連れする。治療しながら移動していく。
さだ:それが実現できてることにびっくりしたんですよ。何に一番感動したかっていうと、先生の言葉に関するこだわり。僕も生放送やったり、ステージ、不特定多数の、  全く誰か分からない方を相手に話しかけないといけないから、図に乗って一歩言い過ぎたり、そういう意識はないのに、誤解を招きやすい言葉を使ってしまったり。叱られることってあるんです。逆に言うと 命の現場で命と向き合ってギリギリの人にどんな言葉をかけるか、ものすごくこだわっておられたんですね。
間渕:僕らができることは結構限界があってですね、人間に生まれた以上は、最後はお亡くなりになるわけです。全部の疾患を治せるとは思っていない。本当は治せる命でも失敗したなってのは正直あります。結果的にうまくいかないこともありますし、そんな中でクライアント、患者、家族にどれだけ満足していただけるか。それがやっぱり、プロとしての非常に大事なパフォーマンス。言葉遣い、どういうふうに伝えるかは重要。できる人できない人がいる。

さだ:日常の病院ですらコミュニケーションが取りにくい。下手なお医者さんが多い中で、救急医療、ドクターカーでそこまでしますか?
間渕:(ドクターカー)だからこそ(コミュニケーションは)重要。一期一会、初めて会う人。向こうも命がかかっている。こちらもギリギリの医療行為。のるかそるかの舞台にいきなり立たされて、相手に満足してもらえるかどうか。知識、技術、経験も重要だがコミュニケーション能力が非常に大きい。

ドクターカーの問題点

間渕:一番の問題が(ドクターカーが)有効に動いてない。7割が休眠状態。実際にはシステムがうまく整備されてないだとか人の問題だとか、消防との関係で非常に重要なんですけど、消防からの信頼を得て要請がかからないとそこには行けないんです。
さだ:消防署との人間関係なんですか?
間渕:ここ一番重要です。患者さんの関係も重要かもしれませんが、消防との関係がうまくいってないと運用のしようがない。
さだ:この国の一番難しいテーマかも知れない。
間渕:消防との壁はとにかく壊さないと。
さだ:消防に限らず、公の立場の人達を動かすのはほぼ前例主義なので、前例のない人を動かすのはものすごく時間がかかる。
間渕:なかなか難しい
さだ:そのうち根負けするんですね「ああもういいや」って。
間渕:確かにそう思うときもあるかなぁ。最初の頃は「医者がサイレン鳴らして現場に来るんだって」「危ないんじゃないのか」やっぱ高速道路の現場は危ないですよ。火がついてたり。むしろ邪魔になるんじゃないのかって言われたんですけども、そうじゃないって少しづつわかってきた。
さだ:それはご苦労でしたねえ
間渕:フロンティア、誰もやったことがない。日本の場合は。外国はいくらでもあるんですけど、自分で一つ一つ切り崩していく楽しさ。わくわくする。英語で言うとfascinating(魅了する、魅力的な)そういう言葉が一番適切かな。

ドクターカー - Wikipedia

最近剛力ちゃんがやってたドラマ。6月終了。
ドクターカー ~絶体絶命を救え~|読売テレビ・日本テレビ系

さだまさし

さだ:コンサートホールって全部音が違う。こっちの思った音にならない。
間渕:患者さんがそれぞれ違うのと同じですね
お客さんも全然反応してくれない時もありますし、すごい元気な人はこっちが元気なくても反応してくれる。互いの綱引きみたいな楽しさ。ライブは格別ですね。やっぱ現場、現場ですね。「え!ここでやるの?」ってことを平然とこなしたいと思います。だけど最低限のクオリティは守ろうと思ってます。

お客さんは一生に一回しか来ない人もいるので、その人の前で今日しか来ない”さだまさし” 一生に今日しか聴かない人のためにやってる。今日どんなに調子悪くても「今日最高!」っていうコンサートをやろうと努力はしてますね。
借金のまっただ中でコンサートで動くという業務を守らなければ、未来がその場で終わってしまう。命ギリギリのところでライブ活動をしてました。

阪神淡路大震災の時は、ギター一本で歌いに行くという心の余裕も時間的な余裕もなかった。

(宮城・気仙沼市立階上中学校卒業式:2011年での梶原君の答辞を)たまたまNHKで見てて「何やってんのお前」って言われたような気がしたんですよ。あの苦難の中で今を大事に生き抜いていかなくてはいけないというのを、中学3年生の男の子が泣きながら叫んでる。こっちで落ち込んでてどーすんだと。被災地に入ってる仲間達がいましたんで「お前、早く歌いに来い!」だけどギターケース持ってあの中にのこのこ入ってく勇気はなかった(笑)

間渕:本人が来て歌ってくれたら全然違う。レコードとライブ以上の違いがある
さだ:僕らのような仕事をしていると、見えないところの人とつながっている。一度も会ったことのない人と、僕が作る音楽を通じてものすごく深いつながりがあるんだなって、被災地に入ってって気づく。僕の新品の全集を持ってきて「サインしてください」って奥さんがこられた。「あの津波の時によく残りましたね」って言ったら「いえ、津波の後に(注文して)取ったんです」えっこんな時に。家も何もかも全部ないのに、さだまさしのCDを注文して取るかなと。この人にとってさだまさしの歌ってなんだろうと思うと背筋が伸びる。これは自分の力ではないんだな。自分以外の何かがこの人と俺を繋いでくれてる。この信頼感をどうやったら守れるか。ライブの一生懸命さとライブのクオリティ。これは一歩も引けない。

自分で「関白宣言」を今では通用しない歌なのね、ってw昔夜ヒットで古舘伊知郎が、松山千春さだまさしを「円楽と歌丸」って例えてたっけ。

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