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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

【抜粋】SWITCH インタビュー 達人達 オダギリジョー×舘鼻則孝 ヒールレスシューズ

互いの印象

オダギリ:こういうものを作りたいという野望や欲が
     どんどん小さくなってる気がして。
     いっぽう舘鼻さんとか見てると、
     すごく「もっと前に」みたいな欲の強さを感じる。
舘鼻:僕が指名されたということだけでビックリした。
   俳優さんだったのがすごい嬉しかった。
   なりたいとかじゃなくて、あこがれがあるんですけど
   人間生まれてきて、一人の人物として
   人生を生きるという意味では一種類。
   だけど俳優は、映画で誰かの役を演じるとなったら
   その人生も生きる。
   無限の可能性がある。そこに憧れるというか羨ましいというか。

 
舘鼻則孝 - Wikipedia

全て手作業のため、年間20足。
アートコレクターが彫刻として購入することも。
ヒールレスは重心を前にして歩くのがコツ。試着コーナーは女の子が長蛇の列。

www.fashionsnap.com

15歳、高1の時初めて靴を作った。ファッションデザイナーになりたかった。
最後にたどり着いたのが靴。
自分の足を紙粘土で作り、パターンとって革を裁断して作った。
今やってる工程とあまり変わらない。

オダギリ:使い心地とかも考えるんですか?
舘鼻:考えますよ。工芸品は日本の美術の原点だと思う。
用途のある芸術。漆の器もそうですし、ファッションもそういう意味では
用途がある芸術品と言えるし。そう考えるとちゃんと作らなくちゃいけない。
美しさと両立できるような ものづくりは日本的。

インタビュー苦手

オダギリ:しゃべりにくいじゃないですか。知らないのに。
     だから避けてきたんですけど、なんだろ・・
     失礼の無いように頑張りますね(笑)
舘鼻:やめてくださいよ(笑)僕は東京で生まれて鎌倉で育って
   うちの祖父が歌舞伎町で銭湯をやってたんです。
   ちょうど、なくなってしまったけどコマ劇場の裏手で。
   ビルがあってそこが父の会社。
オダギリ:歌舞伎町に対して思い入れがあったりします?街として
舘鼻:ルーツは感じますよね。
オダギリ:舘鼻さんが歌舞伎町を歩いてると、中国マフィアに見えますよね
舘鼻:かもしんないですよね。まずいですよね。絡まれたことはないですけど

振り向いて欲しくて作る

オダギリ:ファッションをやりたかったってことですよね
     振り返ってみて、どのぐらいの時期から表現とかアートとか
     興味を持ったと思われます?
舘鼻:僕の場合は結構、自然だったんですよね。
   小さい頃はコミュニケーションが苦手で、あんまり人と上手く
   しゃべれなかった6つ下に妹がいるんですね。
   母が妹にかかりっきりになるじゃないですか。
   振り向いて欲しいのに振り向いてもらえない。
   忙しそうだけど。母の前でひたすら折り紙を折っていたり
   今思うとすごいアピールだった。
   ものづくりがコミュニケーションになっている。
   演技でもあるのかもしれないですけど。
   小さい頃から、人と人との間にものづくりがある感覚。
   小学校の美術の時間だけ、ヒーローになれたりとか
   絵が上手にかけると周りにみんな寄ってきてくれたりするじゃない。
   高校生になって、美大受験のための予備校に行き始めたんですね。
   そうしたら神奈川県中の絵の上手い子達が集まってきてる。
   その道に進もうと思ったのに一番下手だったんですよ
   すごい挫折したっていうか。まだ15歳だけど。
   自分はこれしかないと思って行ってみたらそうじゃなかった。
   優等生だと思って行ったら、実は劣等生だったみたいな。

オダギリ:どこで勝負しようと思ったんですか?
舘鼻:それが先ほどお見せした、15歳の時の初めて作った靴。
   立体のものを作ることはできた。それが救いだった。
   世界で活躍するファッションデザイナーになりたい。
   そのためには留学しようと。洋服が生まれたところで勉強。
   そこで活躍する事が成功だと思った。
   自分の国の文化を学ぶ、周りの学生たちに勝てないんじゃないかと
   考えて、自分の武器になる要素は何かと。
   自分の国にもファッションはあるじゃないか。
   自分の国の文化も知らないのに外国の文化を勉強して
   外国人に何を見せるんだって思った。


【舘鼻則孝の方程式】ロングインタビュー (オデッサの階段) - YouTube

ヒールレスシューズは花魁の高下駄からヒントを得た。
刀の柄に使われるエイ革を用いる。
大学での評価は芳しくなかったため、意を決して関係者に
作品のメールを送った。

LADY GAGAのヒールレスシューズは
舘鼻さんが大学時代、卒業制作で作ったところ、スタイリストの目にとまり
依頼されて世界に知れ渡る。

Artcollectors (アートコレクターズ) 2013年 08月号

Artcollectors (アートコレクターズ) 2013年 08月号

とにかく認めて欲しかった

舘鼻:自分が存在する意味を、まず認めて欲しかった。
   周りにアピールしたかった。
   卒業制作から社会に出るタイミングは、一個人になる瞬間。
   大学という集団生活から解き放たれて。
   自分の価値は何なのか、しっかり誰かに認めて欲しかった。
   それだけのような気がしますね。
   大声で叫びまわっていたような感覚。
   自分はここにいるという存在をアピールしたかった 


テリー伊藤:今までの常識と違う。
      スーパーカーブームで最初にランボルギーニが出てきたとき
      「うわっ何この車」宇宙から出てきたような車と同じ。
      こういう衝撃は私の人生で50年に1回。
      これからどんな新しい作品を作るか興味があるし
      それを感じられる感性を持ち続けていたいですね。

こだわる理由

舘鼻:工場でたくさん生産して世界中に流通させることもできなくはない。
   でもそれは違うなと思った理由は
   例えばデパートに並んでたくさんのお客さんが買ってくれて
   街で僕の靴を履いた人がたくさんいるのを、見ることはできるかも知れない。
   でも自分は誰とも繋がっていないじゃないですか。
   やっぱり自分は誰かと繋がりたくてものづくりをしている。
   自分が何かを表現する上で「誰かのために何かができる」
   「自分が作ったものでその人が喜んでくれる」
   そういう単純な欲が満たされるような気がしたんですよね。

カタカナは外人には文字に見えないのか。
絵文字がわりに使ってるんだ。
オダギリジョーは自分の名前を漢字表記にするのが嫌で
子供の頃から好んでカタカナ表記にしてたんだけど
それがそのまま芸名になっちゃったんだ。

実写―オダギリジョー写真集

実写―オダギリジョー写真集

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