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メモ代わり。ジャンルも気まぐれ

ふつうに生きることの難しさ。

私事ですが、先週から長い冬休みに入りました。
これまでの自分を振り返るよい時間ができました、ウソです。
これから仕事をどうするか、忘年会帰りに動きながら考えています。

次男から聞いた障害児の話 - 仕事は母ちゃん 次男から聞いた障害児の話 - 仕事は母ちゃん

この学校には「支援員」いらっしゃらないのかな・・・
彼女はADHD、或いは高機能自閉症かもしれない。
そう思いながら読ませていただきました。違うかもしれませんが。
ずっと通常学級なのか、通級なのか、支援学級から交流学級に通っているのか。
子供さんにも聞きづらいでしょうね。

「付きまとわれた子」「ぶつかられた子」を先生が「どう」叱っているのか気になります。
このままでは溝が深まるばかりじゃないかなあ。
支援員さんがいれば「いつもつきまとう」子に「つきまとわれる」側の気持ちを
伝えたり(←どこまで彼女が理解するかはわかりません、時間はかかりますが)
「あなたも走っている時に無理やり捕まえられたらいやでしょう?」と話を
持っていくことができそう。
障害児と生徒をゆるく共存させるような、お手伝いをする役割のひとがいたら
先生だっていちいちすっ飛んでこなくて済みます(←この表現語弊がありますが)

息子が小学生の頃
同級生に自閉症の子がいて、仲間に入りたがるので
彼に坊やたちがキャッチボールを教えてあげる
そんなシーンに出くわしました。
彼は球技が苦手でボールが怖い。
だから坊やたちはワンバウンドで、彼が捕球できるようにゆっくり投げる。
今思い出してもいい光景でした。

でも4年生を過ぎるころから
それぞれがゆっくりと疎遠になっていく。
「会話がかみ合わない、とにかく絡みづらい」のが最大の理由かなと

どう接したらいいか教えずに
ただ一緒に過ごさせるだけだと、偏見を植え付ける結果にならないかと思うのです。
一旦植え付けられた偏見は、なかなか消えないものです。

接し方に正解などないし
先生方もどう教えていいかわからないから
子供向けにこんな書籍を図書室に置いていたりもします。
残念ながら興味を持って手に取る子は高学年にちらほらいるぐらい。
でも接し方に一番悩んでいるのは先生かと。

ふしぎだね!?ADHD(注意欠陥多動性障害)のおともだち (発達と障害を考える本)

ふしぎだね!?ADHD(注意欠陥多動性障害)のおともだち (発達と障害を考える本)

『発達障害者』に勉強を強いるのって「虐待」じゃないの? - だいちゃん.com 『発達障害者』に勉強を強いるのって「虐待」じゃないの? - だいちゃん.com

これも読んだ。
揚げ足を取って申し訳ないが
「家庭教師を頼む家庭の子供は十中八九、発達障害や軽い知的障害を抱えている」は、違う。
サンプルケースが少ないけど、希望の高校に入るには少しばかり成績が足りないとか
そんな子の親が家庭教師を頼むんではないですかな。周囲、ほぼそうですよ。
家庭教師は、子の意思じゃないのは確かですが

でも何度も家庭教師や塾を変える親子には、その傾向があると思う。

そしてタイトル、おおいに同意。
彼らに物を教えるのは、同じことの繰り返し。
今日教えたことは明日には忘れてしまっていることだってある。
彼らは、こちらが教えたことに対して興味を持たないと、記憶に残らないのだ。

児童数の多い小中学校に多いのは
生まれつき脳に軽度の障害があって勉強のできない子
把握しておきながらうまくいかない、或いは気づかずに見過ごしてしまう。

やっとこ普通高校や大学に入れたって、適切な指導がないとなぁ・・
それは親の希望であって、子どもの望むものじゃないから。

まとまらずにごめんなさいまし。
あなたにとって、普通に生きるってなあに?

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